Sweetie , Subtlety , Sincerity

「それじゃあ、私は店内の掃除をしておきますね」
「ありがとう」

 ビストロ ガスパール、本日の営業は終了。珍しくタヤーカは急用で休んでおり、ガスパールと私の他にはウェイトレス1人だけでの営業だった。もっとも、そのウェイトレスはうちの店員の中でも最古参であり付き合いも深いため、何も問題は無かった。
 掃除は彼女に任せ、私は経理作業に取りかかる。と言っても来客数は相変わらず伸び悩んでいるため、さほどの時間もかからない。テーブルセッティングから床掃除までこなす彼女のほうがよっぽどテキパキと動いている。まあ、今日に限ってはそのほうが都合が良い。私はさっさと書類を片付けると、荷物を取りに控え室に向かった。

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「ちょっといい?」
「なにかしら、イラーナさん」

 掃除が終わった頃を見計らい彼女に声をかけると、裏表の無さそうな素直な笑みを向けてくれる。エルフの体格で綺麗な三つ編みということもあり、まだ幼い少女のような印象すら受ける。けれど瞳には力があり、所作には隙がない。そんな彼女がまた一つ歳を重ねたということを、私は数日前に思い出していた。

「間違っていたら悪いのだけれど、確か何日か前が誕生日だったわよね?」
「ええ、覚えていてくれたのね」

 少し驚いたような顔をする彼女に、私は小箱を手渡す。

「それでね、大したものではないけれどプレゼントを」

 照れくさそうに微笑みながら彼女は小箱を開く。中に入っているのは、柄に赤い宝石飾りをあしらったティースプーンとケーキフォークのセット。店用のカトラリーを探していた際にこれを目にし、鮮やかな赤から彼女の瞳を思い出していた。

「ありがとう、嬉しいわ」

 箱の中を矯めつ眇めつ眺めている様子からすると、喜んでもらえたと考えて良いだろうか。
 僅かな間のあと、彼女が遠慮がちに口を開く。

「ここの店員さんたちってお互いのプライベートにはあまり関わらないから、なんだかこういうの嬉しいです」
「そうね、店主が意図的にそうしている部分があるし」

 そこそこ会話が弾み、まあまあ笑顔の絶えない職場ではあるものの、店の外で店員と会うことはほとんどない。公私分別というより、単に店主が人付き合いベタというだけのことだが。これを機に、付き合いの長い彼女と仲良くなれたらいいなと思った。買い出しのついでに、メギストリスで買い物や食事などしてみたい。

 と、二人で他愛もない会話を続けていたのだが、そういった空気を意に介さず壊してしまう人というのは大体どのコミュニティにもいるものだ。そしてこの店におけるその役回りは、残念ながら店主であるガスパールが担っている。

「へえ、綺麗なケーキフォークだね。でも確か甘いもの苦手じゃなかったっけ?」

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「ごめんなさい、私、全然知らなくて」
「全く食べられないわけではないですよ! それに、フルーツとかでも使えますし!」

 それはその通りなのだが、プレゼントの使い所があまり無さそうということを隠し、私のために気を遣わせてしまったことが申し訳なかった。

「綺麗でかわいいし、嬉しかったのは本当ですから気にしないでくださいね」
「ありがとう。でも、あまり使わないものをあげてしまったのが少し残念だわ」

 一応は「やべっ」という顔をして黙っていたガスパールだったが、ここで口を挟んでくる。

「それなら、一度目の使用機会は僕がプレゼントしよう。イラーナさんは良い紅茶でも淹れておいてくれ」

 やけに決め顔なことと説明不足が少し癇に障ったが、どうやら彼なりのフォローの形らしいので黙って従っておくことにした。

「この前お客様からいただいたものを開けましょうか」
「そうしよう。あ、僕の分は用意しなくていいから。二人で飲んじゃって」

 いつからだったか、ガスパールはあまり紅茶を好まなくなった。私が休憩時間にティーポットを携えているのを見たくらいでも顔をしかめる。以前は普通に飲んでいたのだが、まあ、彼の好みが変わりやすいのは昔からだ。私はウェイトレスの彼女を席に座らせ、二人分の紅茶の準備をした。

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 ほどなく私たちの元に運ばれてきたのは、虹と羽を模した飾りを乗せたデザート『スタースイーツ』のようだ。

「あえて今出してくださったということは、私のために甘さを控えているのかしら?」

 彼女はやや怪訝そうな顔でガスパールに問うた。

「そうなるね。新メニューの試作品みたいなものだから遠慮なく食べちゃってくれ」

 私と彼女は顔を見合わせ、まあそういうことならと皿に手を伸ばす。試作品ということは店用の新メニュー、あるいは彼の研究テーマである『職人レシピの改定』か。
 星の形に整え、イチゴのソースを挟んだパンナコッタ。カラフルな虹型クッキーを乗せ、全体的にポップな印象で可愛らしいが……。普段とは異なり、白い羽のクッキーも並べてある。これはなに?
 星の一角をフォークで切り分け、口に運ぶ。なめらかなパンナコッタと、甘酸っぱいイチゴ。そしてこの爽やかな香りは……ミント? 少し入れ過ぎなくらい爽やかだが。
 隣を見ると、彼女も微妙な表情で顔を上げたところだった。

「『スタースイーツ』にミントは入ってませんでしたよね? ちょっと風味が強すぎませんか?」
「私もそう思ったわ」

 珍しく料理にケチをつけられたガスパールだったが特に表情は変わらず、それどころか納得したような顔をしていた。

「そうなんだ」
「そうなんだ?」
「僕、ミント嫌いだから味見してないんだよね」

 呆れて物が言えないとはこのことか。そんなシェフがいていいのかしら。彼女に至っては苦笑いでこっちを見ていた。私はガスパールを細く睨んでみる。

「いや、違う、別に嫌がらせとかじゃないよ。昨日だかにお客さんから『甘さ控えめデザート』の依頼がちょうどあって試してたとこでさ」
「なるほど、それでミントの『スタースイーツ』を作ってはみたけど味見はしたくなかったと」
「厳密には『スタースイーツ』と『クイックケーキ』のいいとこ取りって感じかな」
「あー、だから羽クッキーとミントなんですね」

 ガスパールの奇行に慣れているらしい彼女も、この説明で理解したらしい。

「それで、甘いものが苦手な人からしたらどんな感想?」
「そうですね……とりあえずミントが強いと思います。パンナコッタもソースも砂糖自体を減らしているようですから、まあ他で食べるよりは爽やかで食べやすいんじゃないでしょうか」
「なるほどね、参考になるよ」
「私としては好きとまでは言えませんでしたが、イラーナさんのフォークを楽しく使うことができたことには感謝しておきますね」
「ごめんごめん。次はなにかフルーツでも切っておくよ」

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 私の情報収集不足でイマイチなプレゼントになってしまったが、そこにイマイチなケーキを出して全体的にうやむやな空気になったのは、果たして彼の狙い通りなのだろうか。そんな風に上手く気を遣える人ではなかったように思うけれど。

 そういえば、お客様からの依頼で甘さ控えめデザートを試していたと言っていた。そういった事柄は大抵の場合、ガスパールと私とタヤーカの情報共有ノートに記載することにしている。お客様の情報をメインスタッフ間で確認しておくことは、リピーターを増やす上で大切なことだと考えているためだ。
 ウェイトレスの彼女とガスパールが帰った後、薄暗い店内でひとり、共有ノートをめくる。
 しかし……1週間分を遡っても、そのような記述を見つけることはできませんでしたとさ。

 

執筆協力:とあるオーガ