『マックん』オーナーシェフ マック氏インタビュー

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2016年4月23日、ライブクッキング系プレイヤーイベント『マックん』が初開店した。そして開店5周年を迎えた現在、営業日数は200回を越えた。本インタビューでは『マックん』独自の取り組みに注目してお話を伺った。f:id:BistroGaspard:20210328155107j:image

──『マックん』開店5周年おめでとうございます。今のお気持ちはいかがですか?  


マック あっという間の5年間でしたね。自分自身が楽しんでやってきたので、苦もなく続けられました。イベント自体をシンプルに、いい意味でテンプレ化したことで続けやすくなったのだと思います。自分は雑談などが苦手なので、ライブクッキングだからこそ続けられたという面もありますね。  


──確かに『マックん』はライブクッキングイベントの中でも"調理"と"販売"に注力している印象です。料理のできのよさや販売数などをデータにまとめられているそうですが、これらのデータはどのように活かされているのでしょうか?  


マック データ管理はイベント当初から行っており、来客数や提供した料理、できのよさをできる限りイベントの直後にログを見ながらExcelに記録しています。自分は忘れっぽくてお客さんの名前などがなかなか覚えられないため、その備忘録として役立っています。  


──例えば、○○というキャラが第○回と第△回に来ていた、といった情報も確認できたりするのですか?  


マック そうですね。お客さんの名前で検索すると、過去に何回来店したかとか第○回に来たかがわかりますね。  

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──かねてより行っているYouTube配信は、どのような経緯で始められたのでしょうか。  


マック 生配信を始めるより前からスタッフだったAさんが、諸事情により『ドラクエX』にログインできなくなりました。Aさんは『マックん』にとても協力的で、参加できなくなることはとても残念でした。そこで、『ドラクエX』にログインできなくてもAさんが何らかの形で『マックん』に参加できないかと考えた結果、生配信を始めることにしました。今ではAさんはモデレーター(筆者注:YouTubeのLIVE配信のコメント管理などを行える人)として生配信にいつもコメントを寄せてくださり、ありがたく思っています。あとは、近頃は自宅で過ごす時間が増えた人が多くなっていると思ったことも生配信を始めた理由のひとつです。今では自分自身がイベントの振り返りをする意味で過去の配信を見ることが楽しみになっています。  


──キッズタイム(『ドラクエX』を無料でプレイできる昼~夕方の時間帯)に開催することについては、どのようなお考えがあるのでしょうか。  


マック もちろん夜に開催した方が集客力があるのですが、自分があまり夜遅くにゲームをしていないので必然的にキッズタイムでの開催になりました。あとから入ったスタッフにもキッズタイマーがいたりするので、これはこれで良かったと思っています。日曜夜の他に現在は木曜夜も開催していますが、お客さんが多いのは日曜昼のキッズタイムですね。  


──「日曜昼といえば『マックん』」というプレイヤーも沢山いらっしゃるでしょうね。ほぼ毎週開店しているというのは、お客さんにとってありがたいことです。最後に、5周年のその先の展望についてお聞かせください。  


マック 今まで考えたことは無かったけど、さらに5年続けて開店10周年を迎えられたら素晴らしいかなと。あと、今はYouTubeのチャンネル登録者は138名ですが、今後1000名を達成して収益化することを目指しています。目標は大きく持とうかなと考えました。  

 


来る4月25日(日)13:30~14:30、『マックん』開店5周年記念イベントが開催される。『バトルパッツァ』が1万Gと破格で味わえる前半と、ミニゲームに参加できる後半の特別編成で行われる模様である。詳細はこちらでご確認を。

プレイヤーイベント|目覚めし冒険者の広場

 

取材・文 ガスパール

 

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マックのTOP|目覚めし冒険者の広場

マック (@dqx_mac) | Twitter

Catastrophe de neige

父は決して良い人ではなかった。自分の理想を追うことを一番に考え、他人のことを道具のように扱い、家族に対しても愛情があったのかどうか疑わしい。少なくとも、私にはそう見えた。

物心ついた頃には、私は既に両親に連れられて旅をしていた。何かに追いたてられるように各地を転々とする父と、それを諦めたように見守り支える母。母と一緒に綺麗な景色を見ることは好きだったが、いつも血の臭いをさせて宿に戻ってくる父のことは苦手だった。無口で、険しい顔をして、常に傷だらけの父。唯一好きだったのは、たまに作ってくれた料理。心なしか、料理をしているときの父の表情は穏やかな気がした。きっとあの顔が本来の父だったのだろうと、今ならわかる。

 

「ふう……」

剣についた血を葉で拭い、背中のベルトに通す。両手剣はその大きさが故、管理に手間がかかるのが欠点だ。しかし一太刀で敵を真っ二つにする快感は、他の武器では得られないものである。

魔物の集落の殲滅を依頼してきた村に戻り、村長から報酬を受けとる。妻と娘が待つ宿に帰ってきたのは、ちょうど陽が沈んだ頃だった。

「おかえりなさい」

「……おかえりなさい」

「ただいま」

警戒心の昂りと疲れからか、つい顔が強張ってしまう。自分を見る娘の顔が固くなっていることには、とっくの昔に気がついていた。

傭兵として妻と旅立ってから、もう7年が経つ。かつては料理店を営んでいたが、年々増していく魔物の脅威を憂い、自らの手で魔物を屠る生活を選んだ。村は襲われ、子は拐われ、魔の興隆に怯える日々。若い頃に旅をしていて戦いの心得があった僕は、世界を守るため旅に出た。その最中で娘を授かり、また守りたいものが増えた。

連日の戦いで身体も心も限界に近づいていることを感じながら、今夜も泥のように眠る。

 

朝になると夫は戦場に向かってしまう。こんなに陽の光を憎らしく思っているのは、世界広しと言えど私くらいのものだろう。

「いってらっしゃい」

数年前に病魔に侵された私には、もう戦えるだけの力がない。普通に生きる分には問題ないが、激しい動きに耐えられない身体になってしまった。かつては夫に剣術を教える立場だったが、今では世話を焼いてもらうことのほうが多い。

「お母さん、今日もおでかけする?」

「ええ、薬草を集めないとね」

私たち夫婦の収入は、夫がこなす魔物の討伐依頼報酬と、私と娘が集めた薬草類を売って得た微々たるお金である。魔物と戦うための装備や消耗品にはお金がかかるから、あまり良い暮らしは出来なかった。しかし、少しでも世界を平和にしたいと願って戦い続ける夫を止めることは、私には出来ない。綺麗だった灰色の髪が白く染まっても、肌が浅黒く汚れても、家族と過ごす時間がほとんどなくなっても、夫は歩みを止めない。昔からそうだった。目標のためには何を犠牲にすることも厭わない人。そんな彼を生涯にわたり支えようと決めたのは、私だ。それでも思ってしまう。あの時、夫が店を畳んで旅に出ることを止めていれば、もっと幸せな時間を過ごせたのではないのかと。

 

お母さんとやくそうつみをするのは楽しい。道に生えているいつもの草をつんで、かごに入れる。さいきんはお母さんに聞かなくてもどれがお金になる草かわかるようになってきた。やくそう、どくけしそうまんげつそう。まだらくもいともお金になるみたいだけど、わたしはさわりたくないから見なかったふりをする。

一人でも草を見分けられるようになったから、お母さんと分かれてやくそう探しをする時間がふえてきた。たくさんお金があればお母さんも楽できるだろうから、少しくらいお母さんとはなれていてもへっちゃらだった。

この森に来るのもなれてきた。今の町にはもうどれくらい住んでいるだろう。いつもの道だと、とれる草の数にもかぎりがある。お母さんはよく「森のおくはあぶないから行っちゃだめ」と言うけど、少しくらいなら平気だろう。そう考えてわたしは、まだたくさん草が生えているほうへと歩きだした。

 

ふと顔を上げると、娘の姿が見えないことに気づいた。少しの間だけ離れることはこれまでもあったが……時間が経つにつれ不安になってくる。

「タヤーカ!」

名前を呼んでも返事はない。どこへ行ったのだろうか。近場を探してみても手がかりは得られなかった。まさかとは思うが、森の奥へ入っていったのだろうか。昼間だというのに暗く、不気味な森のさらに奥へと進んでいく。

 

そう時間はかからず、娘は見つけられた。斧をもった屈強な魔物、エリミネーターに背負われた姿で。

とっさに私は茂みに隠れた。どうやら娘をどこかに運んでいるようだが、今の私には魔物を倒すことはできないため、静観するしかない。

もと来た道に向かって、薬草類を詰めたかごを放り投げる。私たちがいつも使っているかごだと夫は気づくだろうか。夫じゃなくてもいい。ついさっきまでこの場所で薬草を摘んでいた人に何かがあったと、誰かが気づいてくれることを願った。

 

今日は比較的はやい時間に依頼を達成したため、妻と娘が薬草を摘んでいると言っていた森に寄ってから帰ることにした。たまには料理でも作って、家族と話をしよう。両手の指で口角を持ち上げ、笑顔をつくる練習をする。恐い顔にならないように、眉間を左右に引っ張ってみる。むにむにと顔のストレッチをしながら、目的の森に入る。端から見れば滑稽な姿かもしれないが、こんな辺鄙な地で人に会うことなどそうそうないだろう。

食用のきのこや、鳥の卵、あまり知られていないが実は食べられる木の根など、料理に使えそうなものを集めながら歩く。そうしていると、先のほうの地面になにか落ちていることに気がついた。近づいてみるとそれは、妻がいつも使っている薬草かごによく似ていた。近くに散らばった薬草類が、なんらかの焦燥を訴えているようにも見える。どうせ森を散策するつもりだったから時間はある。もし本当に妻のかごだとしたら、何かトラブルがあったのかもしれない。踏みしめられた草を辿り、誰かが進んだであろう方向へと走りだした。

 

目がさめたとき、自分がしばられていることに気がついた。まわりは暗くて、そこら中に生えている小さな草があわく光ってあかりになっている。どこかから水がながれるような音が聞こえてくる。多分、ここはどうくつみたいなところなのだろう。近くには、私と同じようにしばられて転がっているこどもが何人かいる。そして少し離れたところには大きな人。いつか見た本に描いてあった。あれはたしか強いまものだ。

そう気づいたとき、急にこわくなった。私は連れてこられたのだ。きっとひどいことをされる。私が森のおくに入ったばっかりに、お母さんとはぐれてしまったから。

しばらくの間おびえていたが、まものは私たちになにもしてこなかった。ただ、不安な時間だけが過ぎていく。

 

洞窟の近くの茂みで妻を見つけたのは、夜更けのことだった。

「大丈夫か? なにがあったんだ」

「タヤーカがエリミネーターに拐われた。ついさっき、あの洞窟の中に入っていったわ」

「そうか」

妻は自分の力ではどうにもならないことを理解しているようだった。極度の緊張のせいか、能面のようになってしまった顔。

「ここで待っていてくれ」

軽く肩を抱き、努めて優しく声をかけてから洞窟へと向かった。

 

洞窟は暗く、道幅は狭い。奇襲を受けないよう慎重に進むだけで時間と神経を使ってしまう。敵がいるとわかっているのに遭遇していない時間は、実際に相対しているときよりも強いストレスになる。

僕は冒険者ではなく傭兵だ。数多くの依頼の中から自分の力量に見合った敵、そしてなるべく報酬の良い依頼を選び、受注する。敵戦力を把握し、最適な準備を整えてから現場に赴くのが常。命がけで戦うようなことはない。生活のための戦いであるから、無茶をしないで帰ってくるのが鉄則である。体を壊してしまってはその後の仕事に支障が出る。

今日はすでに依頼をこなしてきたから心身ともに疲弊している。あまり良いコンディションではなかったが出直す時間もない。大事な娘を、少しでも早く助け出したい。

僕は暗闇に足を伸ばしていった。そしてそれが、人生最期の一歩だった。

 

9.1

「【ビストロ ガスパールオーナーシェフガスパール氏、妻と共に遺体が発見される? へえ、死んだのかあのシェフ」

彼と直接の関わりがあったわけじゃない。ないのだが、彼の死に対して妙な寂しさを覚えるのは何故か。

「ま、オニーサンには関係のない話だよ」

すっかり長くなった髪をかき上げながら、小さくひとりごちた。

 

9.2

「なあ、何年か前に流行ってたレストランのシェフが死んだんだってよ」

「ふうん。それで?」

「いや、別に。美味い飯を作れるヤツが世界から一人減ったんだなって」

「あなたの料理だって捨てたもんじゃないわよ」

澄ました顔でそんなことを言う彼女が、とても愛おしい。自分に似た顔の、しかし会ったこともない男の死を悼んでいたのも忘れて、想い人に寄り添い歩いていく。

 

10

洞窟に囚われた私を助け出したのは、たまたま近くを通りかかった冒険者たちだった。洞窟の外で死んでいる私の両親を見つけ、念のため洞窟内の調査に乗り出したのだと後に知った。

身寄りを亡くした私はそのまま冒険者たちに迎えられ、いろいろなことを教わった。例えば敵を斬るための刃物の使い方、お腹を満たすための料理の作り方、自分の生きた物語を紡ぐための歌い方。

そしてある日、私は自分が『時渡り』を使える人間であることに気がついたのだった……

 

過去作品『出動!タヤーカ救護隊』へ続く

『出張ビスガス』のご案内



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◎『出張ビスガス』とは

こちらでご用意した食材を使用し、お客様のご自宅やイベント会場などでライブクッキングを行うサービスです。

ライブクッキングとは、調理職人がイベント参加者から注文を受け、その場で料理を作ってお渡しするという形態のイベントです。できのよさを保証できないため、販売価格は『原価程度』に設定しております。

  • プレイヤーイベントへの出店
  • 誕生日会などのパーティー
  • 大切な方と過ごす時間

など、普段と違った演出として盛り上げの一助となります。

また、会場の候補が無いという場合は【ビストロ ガスパール】を貸し切るという形でも対応が可能です。

 

◎ご利用料金

出張自体の費用はいただいておりません。  

  

①依頼者様が全額負担する場合

[料理代(原価程度)]×[皿数]=[実際の料金]

となりますので、ご利用後に主催者様に料金の確認、代金をお支払いいただきます。

口頭で皿数をお伝えする他、お申し出があれば取引のスクリーンショットをお送りしますので、代金の確認をお願いいたします。  

  

②注文者様に支払ってもらう場合  

料理のとりひきの際に[料理代(原価程度)]を注文者様にお支払いいただきます。  

いわゆるライブクッキングイベントのシステムです。  

 

◎ご利用の流れ

ツイッターDM (@hakki_yoi) にて

 日程:都合により承れない場合があります

 内容:イベント、パーティーなど

 規模:客数が決まっていればで構いません

 料理:種類問わず、メニュー数は要相談

 以上をご連絡ください。こちらで検討した後、お受けできるかのお返事をいたします。

②ゲーム内フレンド申請、会場の調理設備の設置および権限解放をお願いいたします。

③当日の開催前に契約内容の口頭確認をいたします。

④イベントにて、ご注文をいただいた料理をお作りいたします。基本的に時間の延長はいたしません。契約時間までに作った皿数の代金をいただきます。

⑤契約時間終了後(イベント終了後ではありません。その場で料金をお支払いください)、作った品数・料金をお伝えするのでお支払いをお願いいたします。必要であれば、後ほどお取引のスクリーンショットをお送りいたします。

 

◎注意点

・トラブル回避のため、事前にゲーム内フレンドおよびツイッターでのフォロー関係を結んでいただきます。

・その場で料理を作るためできのよさは保証できません。お客様からの作り直し依頼は承りますが作成した時点で費用はかかりますので、できが悪いなどの理由でゲストが受け取り拒否した場合は主催者様に受け取っていただきます。(料金も一皿分が加算されます)

・トラブルが生じた場合、然るべき処置を取らせていただきますのでご了承ください。

ビスガスの夏休み

夏っぽいことがしたい。もっと言うと、夏休みがほしい。いや気が向いた日にしかビストロは開店しないからほとんど毎日が休みなんだけど、それと夏休みは別物なのだ。たまには遠出して、遊びまくりたい。思い立ったが吉日、善は急げ。さっそくあいつらに声をかけてみよう。

 

 

ビーチ

雲ひとつない空はどこまでも高く、澄みきった海は遥か彼方まで続いている。僕ら一組だけで過ごすには広すぎるビーチで、三人並んで立っていた。

「おにーさんに感謝しろよ? こんなプライベートビーチ状態、普通はできないからな?」

「さすがドロちゃん! この暑さに加えて人も多い、なんてことになったらドーリィが帰っちゃうとこだった」

「いや、今でもわりと帰りたいけど」

「まあまあ、せっかくの町長のご厚意だ。楽しく過ごそうぜ!」

 

ここはジュレットの町のはずれにある、ちょっとしたビーチだ。夏まっさかりの今、本当なら人が溢れかえっているほどの人気スポットである。しかし今日は、ドロちゃんの伝手を使って町長に貸切りを打診したところ、こうして僕らだけのビーチにしてもらえたのだった。あとになってドロちゃんが「しばらくジュレットからの依頼はタダ働きだ……」と呟いていたが、僕は聞いていないことにする。

 

 「外に出るのが好きじゃない、っていう一点だけはガスパールと気が合うと思ってたのに」

「残念、僕にはノリと勢いで行動してしまうという特性もある」

「ていうかこの人数しか集められないガスパールくんの人脈やばくね?」

「そこには触れるな」

遠慮のない男三人旅。僕は気が楽で好きだ。

 

 

イカ割り

「もっと右! そうだそのまま真っ直ぐ!」

ドーリィをあらぬ方向へと導くドロシー。

「いいんですね!? 本当にこっちで合ってるんですよね!?」

「合ってるぞ! ガスパールくんならともかく、おにーさんの言うことだから信じられるだろ! そのまま前に進むんだ!」

「はい!」

ずてっ。じゃぱーん。

「ドロシーさぁぁぁぁぁぁん!」

海にのまれるドーリィを笑う僕たち。君、ウェディなんだから溺れやしないだろ?

 

 

イカ割り2

「うん、あとちょっと右で、真っ直ぐ」

たまには意趣返し、とばかりにガスパールをあらぬ方向へ導くドーリィ。

「いいんだな? お前を信じていいんだな?」

「当たり前だろ。もう長い付き合いなんだからいい加減に信用してよ」

「よし。振るタイミングも任せた!」

砂浜をじりじりと進むガスパール

「………………今だ!」

「てぇぇい!」

「ほー、おにーさんに剣を向けるとはいい度胸じゃねぇか!」

言うが早いか、ドロシーがガスパールの目隠しを剥ぎ取る。そしていつの間にか持っていた棒を構えてにやにやと笑っていた。

「構えなガスパールくん! 楽しいバトルの始まりだ!」

もちろんガスパールがドロシーに敵うわけもなく打ち合いには敗れ、ドーリィはガスパールに殴られた。

 

 

釣り

「釣れない」

「飽きたな」

「まだ五分しか経ってないんだけど……」

 

 

 

海水浴

「え、やだよおにーさん。なんでウェディと泳ぎで勝負するんだよ。しないわ」

「あんたさっき剣で僕のこと負かしただろ! 今度は勝たせろ!」

「負けず嫌いすぎる」

しぶしぶ了承し、一直線に並ぶ三人。せーので一斉に泳ぎだした。

 

一位、ドーリィ。

二位、ガスパール

三位、ドロシー。

「ドロちゃんが僕のこと蹴るから遅れたじゃん!」

「その前に足を掴んできただろうが!」

「危ないから普通に泳ぎなよ君たち……」

その後、ガスパールが勝つまで水泳大会は続いた。

 

 

かき氷

「え、おたくら食うの速くね? 頭痛くならないの?」

「普通になるぞ」

「まあ、人間よりはなりづらいのかもしれないね」

ウェディはかき氷を食べても頭がキーンとなりづらい(かもしれない)という、かなりどうでもいい知識を得たドロシーだった。

 

 

花火

ガスパール、まだ夕方だよ」

「夜には帰るし、晩ご飯の準備とか考えたらそろそろやらないと」

「おー、ビストロのコックたちのご飯、楽しみだねえ」

 

「二人とも、花火を振り回したり人に向けるのは本当にやめてね。吹き出し花火スラッシュとか打ち上げ花火ショットとか、危ないからね」

「…………」

「…………」

「な、なに」

「天才か……?」

「ドーリィ、お前、よくそんなかっこいいの浮かんだな」

「え、え? 君たちがやりそうなことを言っただけなんだけど」

「かわせるか!? 吹き出し花火スラッシュ!」

「くらえ、打ち上げ花火ショット!」

「やめろって言ってるんだよ!」

「発案者がよく言うぜ」

「おにーさんたちが言い始めたんじゃないもん」

「ガキかあんたら!」

 

 

バーベキュー

「あ、魚が釣れなかったから足りないや」

「おにーさんが買ってこようか?」

「じゃあ、お願いします」

 

「あれ、ドロちゃんは?」

「町に買い出しに行ってもらってるよ」

「バカ野郎! 夏のジュレットのビーチなんかにあいつを放ったら──」

「たっだいまー!」

そこには、両手に花どころか見渡す限り花畑、みたいな状況のドロシーがいた。

「あわわわわわわ」

「やっぱりやりやがった……」

「どうせバーベキューなら、たくさんいたほうが楽しいだろ!」

「盛り髪のおねえさんたちが……ぶくぶくぶく」

「情けないなー。いいじゃん、海辺のビスガス開店ってことで! 食材はみんな持ち寄ってくれたからさ!」

「この人数……いい宣伝になる!」

「だよね!」

(こうなったガスパはもう止められないとうなだれるドーリィ)

「やるぞドーリィ!」

「はいはい……嫌だって言ってもやるんでしょ」

「誘導はおにーさんに任せな!」

 

 

海辺の【ビストロ ガスパール】。

その日たまたまジュレットに遊びに来ていた女性だけが入店できたという、幻の店。

食べ、飲み、歌い、踊り、この祭は夜通し続けられたらしい。

たまには君とふたり

 穏やかな昼下がり。ランチタイム営業のない【ビストロ ガスパール】は、掃除や仕込みを終えれば夜までやることがなくなる。

「今日も今日とて、ひまだ」

 ガスパールが客席でだらけるのはもはや日課である。そんな店主を一瞥し、コンシェルジュのイラーナが帳簿をつけながら軽くなじってくる。

「魔物の討伐依頼でもこなして、少しは稼いできなさいよ」

「ええ……面倒くさい」

「あなたが無駄遣いばっかりするから、経営がいつもぎりぎりなんだけど」

「僕がどんな無駄使いをしたって?」

「着もしない大量の服」

「ぐうの音も出ない」

 君は僕の奥さんかなにかか、と言うのをぐっと堪えて、仕方なく立ち上がるガスパール。冒険用のレザーメイルに着替え、装備と道具袋を腰にくくりつける。未だにこちらを見もしないイラーナへ「営業時間までには帰るから」と告げて店の出口へ向かった。

 

 ──カランコロン。ガスパールがドアノブに触れる前に、ドアかひとりでに開く。

「やあ、ガスパール君。お出かけかい?」

 これは厄介なことになりそうだと、ドアを開けた桃色を見てガスパールは直感したのであった。

 

 暗殺から破壊工作までなんでもござれの傭兵・ドロシー。通称、桃髪のドロッセル。ただしそんな緊迫した生活の裏には、次々と女性をとっかえひっかえしているという事実もあることをガスパールは知っていた。桃髪っていうか頭の中までピンク色だよなあ、と思っている。

 どこぞの酒場で知り合ったガスパールとドロシー。女好きの性が惹かれあったのか、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。

「うちの店は僕を目当てに美女がたくさん来るんだぜ。働いてみないか?」

「それは嘘っぽいけど、ま、楽しそうだしやってみるよ」

 あれよあれよと言ううちに、ドロシーの雇われ先がひとつ増えた。およそ彼の本業とはかけ離れた、ウェイター・ドロシー。数々の女性を惑わせてきた話術が活かされ、客からの評判は上々である。

 

「それで、こんな真っ昼間から何の用だ?」

 基本的にビストロの従業員は、夜の開店間際に出勤することになっている。日のあるうちに誰かが来るなど、そうそうないことだった。

 ドロシーはいつも通りの、人を小馬鹿にしたようにも見える微笑を崩さないまま答える。

「いやね、たまにはガスパール君にもおにーさんの仕事を手伝ってもらおうかと思って」

「ドロちゃんの仕事って、大体は血生臭いイメージなんだけど」

「その通り。いや、今回に限っては血っていうか鉄の臭いかな」

 にやっと笑うドロシーに、ガスパールはさらなる不安を募らせるばかりだった。

 

 レンダーシアはメルサンディ地方には、巨大な地下水路がある。かつては使われていたのであろうレンガ造りの水路だが、今となっては魔物がはびこる廃墟と化していた。

 そこに突如として現れた、おびただしい数のさまようよろい。調査に向かったレンジャーによれば、その数は百や二百では済まないという。

「本当はおにーさんが請け負わなくてもよかったんだけどね……メルサンディ村には知り合いがいるからさ」

 被害が出る前に拠点を潰したいから手伝ってほしい、というのがドロシーの頼みだった。

「世界屈指の強者たるドロッセルくんに手伝いなんかいるのか?」

「数が多すぎて面倒なんだよ」

「なるほどね」

 事前にドロシーが水路を偵察したところ、やはり数が多く、一人で壊滅させるのは骨が折れるだろうと判断した。しかし水路の入口は小さな井戸のみ。よって人海戦術よりも少数精鋭で潜入することにした。

 そういう事情なら、それなりに腕の立つ戦士・ガスパールに白羽の矢が立ったのも頷ける。

「それにこの依頼はグランゼドーラ王国の紹介ってことになってるから、報酬もたんまり、だぞ」

「決まりね、行ってきなさいガスパール。今日の店は休業にしておくから」

 外堀を埋められた。イラーナにこう言われてしまっては、もはや拒否権は無いに等しい。

「行くよ、行けばいいんだろ。イラーナさんは?」

「行かないわよ。だって……」

 僅かに微笑んでイラーナが呟く。

「私は、ここであなたを待つのが仕事だから」

 

 地下水路の入口となる、小さな井戸のある広場にガスパールとドロシーはいた。

「ところでドロちゃんや。僕たち2人とも戦士なわけだが」

「うん、そうだね」

「回復は?」

ミラクルソードがあるじゃないの」

「本気で言っているのか……?」

「というか、さまようよろい程度の敵に遅れをとりはしないだろ」

 妙に自信満々に話すドロシーをみて、着いてきたのは間違いだったかなと思い始めたガスパール

「じゃ、中に入ろうか。多分すぐに戦闘になるから気をつけてな」

「了解。最深部まで一気に行くぜ」

ガスパール君は危なくなったらすぐに引くんだよ」

「危なくなったらドロちゃんを置いて撤退する、オーケー」

「その言い方もどうかと思うよ」

 雑談もそこそこに、井戸の底に降りていく2人だった。

 

 がしゃん、がしゃん、と金属がぶつかり合うような音が絶え間なく鳴り響く地下水路。少し先に見える通路には、数えきれないほどのさまようよろいが蠢いていた。

「んー、このあいだ見に来たときよりも増えてるか?」

「ここまで増えるって、何かおかしいよな」

「うん、おにーさんもそう思うよ。どこかにまとめ役がいるのかもね」

「そうだな」

 2人は剣と盾を構え、目を合わせる。

「対多数戦闘の経験は?」

「昔、少しだけイラーナさんに習ったよ」

「ん、大丈夫そうだね。それじゃあ行ってみようか。おにーさんに続きな!」

 声を張り上げ、地を駆けるドロシーに気づいたさまようよろいの群れ。しかしやつらが動きだすよりも速く、ドロシーは剣を振るう。

「ぼさっとしてるなよガスパール君! おにーさん一人で全滅させちゃうぜ!」

 いや、それならそれでいいんだけどな、と思いながらガスパールさまようよろいたちに向かっていく。

 斬りつけて、蹴りとばして、体当たりして、無数の鎧を壊して進む。ときには向けられた刃を避けることもあるが、基本的には二人が優勢だった。

ガスパール君、ちょっと下がってろ!」

 ガスパールが言われた通りに後ろに引いたことを確認し、ドロシーは剣を高く掲げた。

「輝きの奔流に沈め! ギガスラッシュ!」

 刀身から伸びる光の帯が、周囲の敵を薙いでいく。あとには息を弾ませたドロシーとガスパールだけが残っていた。

「……なあ、やっぱり僕の助けはいらなかったんじゃないか?」

「何を言っているんだい、まだまだ先は長いぞ」

 ドロシーの言葉の通り、通路の先からはまださまようよろいが押し寄せてくる。倒し続ければいずれ終わりは来る、そう信じて進むしか二人に道はなかった。

 

 この扉の向こうは地下水路の最奥、大広間である。激しい連戦を勝ち抜いた二人の防具はとっくに傷だらけで、手にする剣と盾は敵から奪ったものに替わっている。戦闘の経験が豊富な二人とはいえ、圧倒的な数の力には苦戦を強いられた。剣は折れ、盾は砕け散り、敵の武具を使用する程度には。

「おにーさん、もうくたくただよ」

 実のところガスパールの出番はあまりなく、ほとんどがドロシーの手柄だった。現役の傭兵と、引退しかけている戦士。あらゆる技量の差は歴然としていた。ガスパールは、すっかり疲れきったドロシーに声をかけることしかできない。

「情けない声だすなよ。多分この先で最後なんだろ? ちゃっちゃと終わらせようぜ」 

「うーん、軽く言ってくれるねえ。仕方ない、やるか!」

 さびついてはいるが未だ大広間を守っている巨大な扉を、力いっぱい押し開けた。

 

 天井は遥か高く、暗闇に包まれた大広間。誰が点けたのか、並び立つ松明が爛々と燃えている。上層から滝のように打ちつける水の音がうるさい。

 そして『それ』は大広間の中心で異彩を放っていた。視認できるほどに濃い魔障をまとい、その闇の中でも光かがやいている鎧。

「やつがここのボスってわけかい」

「あんな濃厚な魔障さえなければ、ただのさまようよろいに見えるんだけどな…」

「きらっきらなのはなんでかね?」

「魔障の力で鎧が最適化されてる……とか」

「まあ、そんなところか」

「とは言え、こいつが事件の元凶だって確信はないんだよな」

 これまでに散らしてきたさまようよろいとは一線を画する存在であることは明らかだった。どっしりと構え、威厳すら感じる佇まい。思わず、近寄るのも躊躇してしまう。

 二人が動けずにいると、鎧のほうから話しかけてきた。

「我ハ求ム……強キ者。兵ヲ散ラシタ貴殿ラヨ、手合ワセ願オウ」

 言うが早いか、剣を突きだして駆けてくる鎧。その見た目に似つかわしくないほどの速度で、二人に向かって走ってきた。

「おわっと!」

 がきぃん、と激しい金属音を鳴らし、ドロシーの持っていた盾はひしゃげてしまった。追撃を警戒し、二人は鎧から距離をとる。

「我ノ剣ヲ、超エテ見セヨ」

「……いくぜ!」

 敵意を明らかにした鎧に対し、もう躊躇することはないと斬り込むドロシー。少し遅れてガスパールも斬りかかる。二人がかりの剣戟を、鎧は紙一重でかわし、盾で防いでいく。何らかの型に嵌まった動きのように見えるその姿は、まるで歴戦の騎士のようであり、剣術の素晴らしさにドロシーは舌を巻いた。

「どこぞの騎士サマの魂でもこもってるのか!? これならどうだ!」

 ふっと周囲に魔力が漂い、ドロシーは隼の如く素早い二連撃をくりだす。しかし鎧もドロシーの剣に合わせて自らの剣を振るい、完璧に身を守ってみせた。そして続けざまにドロシーを射抜く凶刃。

「ぐっ……!」

 剣ごと弾き飛ばされ、袈裟懸けに斬りつけられる。身を守る盾はすでに無く、傷を増やしながら逃げ惑うしかなかった。

「ドロちゃん!」

 ガスパールが鎧を横から押し飛ばすも、その衝撃で剣は折れてしまった。

「へへっ、おにーさん、ちょっと今日は疲れちまってるかな」

「それもあるけど、あいつ滅茶苦茶に強いぞ」

「全快のおにーさんだったら余裕なんだけどなあ」

 顔に疲労と苦痛を浮かべながらも軽口をたたくドロシーは、見ているほうが痛々しかった。

「ま、もしもの話をしてても仕方ないな……ところでガスパくん、武器まだ残ってる?」
「ナイフが1本だけ。あぁ、フライパンを鈍器に数えるならそれもだ」

 それを聞いたドロシーは何故か楽しそうに笑い、高らかに吠える。
「バカ言え。そいつぁーこの後のメシのためにとっときな!」

 

 

「へへへ…おにーさん、やべえだろ」

「うるせぇよノロマ…鎧がゴツ過ぎんだよ…」

「余計なお世話だ…」

 足を投げ出してへたりこむ二人。お互いの健闘を讃えるように拳を合わせた。

ガスパール君がナイフを持っててくれて助かったよ」

 結果的に、魔障をまとったさまようよろいを倒すことは出来なかった。しかし、無力化には成功した。

 あのとき、ドロシーが鎧の不意をつき、関節を極めた。そしてガスパールが鎧の兜と胴体の隙間にナイフを突き刺し、兜を引き剥がした。頭を失った胴体は倒れたが、兜は依然として「卑怯モノ!」と喚いていた。兜だけ袋に包んだため、もう胴体と繋がることは出来ないようだった。

「こんな風に、ただの防具みたいにしてしまえば眩しいほどに綺麗なのにな」

「……うん、まあ、なんとか勝ててよかったよ」

 ガスパールは何やら考えこむような仕草をしつつ、首肯する。

「とりあえず、帰る前に少し休憩しておこうよ。フライパンの出番だぜ!」
「メシはあとでな…」
「えー、腹へったよガスパールくぅーん」
「草でも食ってろ」

 ガスパールは、僕も疲れたんだよ、と呟いてから寝転がった。

 

 

「おかえりなさい」

 ビストロに戻った二人はイラーナに出迎えられ、ようやく気持ちを休められた。戦闘が続き、無意識のうちに気が張っていたことに今やっと気づいた。

 少し時間を置いてから、ガスパールは全員分の料理を作り始める。今夜は一番の得意料理、バランスパスタだ。

 

 パスタを食べながら、テーブルの向かいにいるドロシーへ問う。

「それで、本当のところ僕を誘ったのはどうしてなんだ?」

 ガスパールが戦力としてあまり役に立つ訳ではないことを、恐らくドロシーは事前にわかっていた。だからこそほとんどの敵を一人で請け負っていたのだろうと考えての質問だった。

 そんなガスパールの疑念を特に察しもせず、あっけらかんとドロシーは答える。

「仕事とはいえ、楽しいほうがやる気が出るだろ? たまには友人と遊びたくなった、それだけだよ」

 ドロシーのことを仕事人間だと考えていたガスパールにとっては、意外な回答だった。

「おにーさんは仕事のために生きてるわけじゃないからね。仕事をして、金を稼いで、その先がある。でも仕事が辛いだけじゃ嫌だろ? だから楽しみも探しながらこなしてるのさ」

 自分と過ごすことを『楽しい』と言われて嫌な気はしない。そして、血生臭く緊迫した世界に身をおきながらも笑顔を絶やさないドロシーの強さを垣間見たように思った。

 

 夜は更ける。

 何のために生きているのかはわからないけれど、それでも明日を生きていく。

 

出動!タヤーカ救護隊

 雪が降り積もる地。周りを見下ろすことのできる小高い丘に、その建物はあった。

(ここが……ビストロ ガスパール

 声を発するのも躊躇われるほど静かな、寂れた店。いや、店だった建物。使われていた形跡はとうに無く、周囲の綺麗な雪原が人の往来を否定していた。

 

 アストルティア有数のレストランとして名を馳せていた【ビストロ ガスパール】。グレン住宅街 雪原地区に建てられた店は、多くのスタッフとお客さんに支えられていたという。

 しかしある日、店主のガスパール氏が閉店を発表した。スタッフにもお客さんにも理由の説明はなく、全てが謎のまま氏は消えた。また、この店のコンシェルジュでありパートナーでもあったイラーナ氏も同時に行方をくらましており、恐らくは二人でどこかに行ったのだろうというのが世間の見解だった。

 それから7年後にグランゼドーラ領の片隅でガスパール氏とイラーナ氏の死体が発見された。さらに20年が経った今、このレストランのことを覚えている人間がどれだけいるだろうか。

 

 タヤーカは恐る恐る扉を開いて店に入った。木材を基調とした、質素ながら温かみのある店内……であったのだろう。今は埃が積もり、何もかもの時間が栄華の中で止まっていた。

 本棚、テーブルに置かれた手帳、散らかった書類、ひとつひとつ丁寧に目を通す。スタッフ間の連絡帳、顧客リストに帳簿、表紙に調理職人日誌と書かれたノート、すべての情報をかき集めた。

 

「彼が突然いなくなった理由は、僕にもわからない。自分で言うのもはばかられるけど……彼の右腕だった僕にさえ、何も相談しなかったんだ。それとも右腕っていうのは僕の思い上がりで、彼は、誰のこともなんとも思っていなかったのかもしれない」

 ここに来る前に会った、かつての従業員の言葉を思い出す。当時を知る人からしてもこの従業員はガスパール氏の相棒であり、何でも話し合える仲であったと言われていた。その従業員にさえ何も言わずに消えたガスパール氏。

「そういえば彼が消えるずいぶん前のことなんだけど、僕らの共通の友達から、店をガタラに移さないかって誘われていたことがあったな。雪山よりも住宅街のほうが人気が出そうだってみんな思ったんだけど、ガスパールは『僕を客寄せパンダにでもするつもりなんだろうよ』とか言って断ってたっけ。あの頃からだったかな。急にガスパールと他のスタッフとでもめ事が増えたんだよね。なんか他人が信じられない、みたいなこと言ってたな。まぁ、もともと友達の少ない男ではあったしなぁ」

 

 書棚の奥の方に仕舞いこまれていた手紙には『店舗移転のご提案』と書かれていた。要は、友人たちで近所に住むからガスパール氏の店もどうだろう、という内容だ。どうやら右腕さんの言っていたことは真実であるようだ。

 

 母は、このことを言っていたのだろうか。いつか言っていた「あの人に沢山の仲間がいたら、私たち家族はもっと幸せに生きられたのかな」という言葉。その言葉を疑問に思い、私はここまで調べてきた。

 仲間と聞いての予想でしかないが、移転の申し出を受けていればガスパール氏の周りには友達も多く、人の出入りのある土地で店の人気も上がっていたのかもしれない。

(全部、そうであってほしいという楽観的な願望でしかないんですけどね)

 それでも今から自分が成そうとしていることを考えれば、その願望に賭けるしか方法がなかった。

 

 目的、ガスパール氏とイラーナ氏の滅びの運命を変える。

 方法、店舗移転を実現させて、ガスパール氏に沢山の友人をつくる。そして【ビストロ ガスパール】を人気店にしてお客さんを集める。そしてガスパール氏と仲良しのお客さんを増やす。

 やることは決まっていた。辿るにふさわしい道もわかったはず。なに、道を違えたと気づいたなら、それから修正すればいい。

 

「私はわりと何でもできます。例えば徒手空拳の武術だったり、レストランの管理だったり、『時渡り』だったり。大丈夫です、私は昔から優秀で、なにより運が良いので。この世界の私を捨ててでも、この願望を叶えてみせます」

 

 誰も知らない店内で、タヤーカは呟いた。時を移る、時間を売る呪文と共に。

 

「待っていてください、お父さん、お母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「タヤーカ、とっとと賄い食べちゃいなさい。まだ店先の掃除終わってないだろ!」

「はいはいやりますよーっと」

 

「いらっしゃいませ!【ビストロ ガスパール】へようこそ!」

つきのものがたり

しんしんとゆきがふりつもるよぞら。

うみはつきのだいざをたたえる。

 

「フレブルーナ、ほんとうにうみをわたるの」

──わたしはうみをわたる

 

「フレブルーナ、きみをまもるものはむこうにいないかもしれないよ」

──それでもわたしはせかいをみたい

 

「フレブルーナ、ぼくじゃとめられないのかな」

──すすむときめたのはわたし

 

「フレブルーナ

──ランドリング

 

「フレブルーナ、さようなら」

 

 

ランドリングはつきのだいざにわをおいた。

せなかにひのひかりをうけてフレブルーナはこぎだす。

たいようにおいこされないようにすすむ。

 

ランドリングはこがれるほうをめざす。