私たちの日常

 夏の暑さともお別れできかけてきた頃、アリマ研究所のメイドたちはちょっとだけ忙しくなる。季節が夏から秋へと移ろうのに合わせて、アリマ様のお召し物や寝具の衣替え、お客様にお出しする飲み物や調度品なんかを変えていかなければならないからだ。
 特段と急ぐ必要も別にないのだが、メイド長のスズメさんから『気がついたらすぐにやりましょうね』と口を酸っぱくして指導されてきたので、私たち後輩は常に仕事を探してまわるクセがついていた。
 これは、そんな何でもないある日のこと。普通の仕事の日の話です。

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「コバトちゃん、これって夏用かなぁ?」

 同期のチドリが、部屋の壁にかけられたタペストリーを指差しながら私を呼んだ。
 それは恐らく麻糸製で、明るい青や黃、白や橙の縦縞で彩られたシンプルな一枚。色合いも素材感も涼しげで、一目で夏らしさを覚える。
 つまり、チドリは私に『タペストリーも衣替えの対象かな?』と聞いているのか。

「そうだね。取り替えたほうがいいか先輩に聞いてみるよ」
「ありがとー、コバトちゃん!」

 ちょうどリンドウ先輩のところに行く用事があった私は、ついでにこの件も預かることにしたのだった。

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 リンドウ先輩から『何か良さげなのに変えておいて』とざっくりとした指示を受けた私は、同期の誰かに手伝いを頼もうと思いながら歩いていた。

 私は『作品』のうちからひとつを選ぶのが苦手だ。
 以前、仕事でテーブルクロスを選ぶ機会があったのだが、あれもこれも美しくて、どれもこれも可憐で、誰も彼もが力作を世に送り出してくれているんだよね……などと思いを巡らせてしまい、とてもじゃないが一枚だけを手に取ることが出来なかった。何を以て、私の裁量なんかで他人の優劣を決めることが出来ようか。
 さて、幸いにして、スズメさんはこんな教えを私たちに授けてくれている。曰く『個人の得手不得手は仕事では些細なこと。全体として誰かが完遂できればいいのよ』と。

 その言葉の続きがあったんだけど何だったかな、と斜め上を見ながら歩いていたところで、書庫で本棚を眺めているヒヨドリを見つけた。

「ヒヨ、いま忙しい?」
「見ての通り、本棚の整理中だよ〜」

 本の一冊も出さずに両手をひらひらと遊ばせているヒヨドリは、あんまり忙しそうには見えなかった。

「ほんとかなぁ」
「うん、今終わったところだからほんとだったんだよ」

 サボリ癖のあるヒヨドリの言うことだからちょっと怪しい。まあ、いいけどね。

タペストリーを秋っぽいのに変えたいんだけど、選ぶの手伝ってほしいんだ」
「あー、コバトに選ばせると時間かかる上に決まんないもんね。いいよ、行こっか」

 サボリを疑われた意趣返しのつもりだろうか。鼻につく言い方をされても事実なので言い返せない私と、おどけて軽く舌を出したヒヨドリとで笑い合いながら部屋を出た。

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 二人連れ立って廊下を進み、物置きに辿り着いた。この部屋の扉がやけに重いのは、高価とは言わないまでも大切なものが沢山しまってある場所だからなのだろうか。
 中はそれなりに広く、調度品の数々やアリマ様のちょっとした趣味の物が置いてある。きらびやかとまではいかず、どちらかといえば地味なアンティークが好みの主人。

タペストリーはわりと数が多いんだよね」

 ヒヨドリがハンガーラックにかけられた布をさらりと除けると、ハンガーにかけられて並んだタペストリーがざっと二十ほど現れる。
 ここで『全部素敵だよね』などと呟こうものならまたヒヨドリにからかわれるのは目に見えていたので、無言で次々とめくっていく。

 アリマ様が生物学者であるためか、動物がモチーフの作品が多い。かわいらしいものから恐ろしいものまで、イラスト調のものから写実的なものまで。
 さらさらとめくっていく私の横から手が伸びてきて、ヒヨドリが一枚のタペストリーを抜き出す。

「これにしよ。エルトナっぽいし」

 選ばれたのは、森を背景にどっしと佇むカムシカが描かれたものだった。曇り空みたいに厚く重なった枝葉は光をほとんど通さず、角の立派なカムシカを薄暗く照らして幻想的に映している。少し雰囲気が暗い気もするが、秋らしいと言えば秋らしいのかな?

「決めるの早くない? もう少し他の物を見てみても……」
「悩んでたっていつまでも選べないんでしょ。コバトは何のために私を呼んだのかな?」

 それもそうだと思い直し、ここはヒヨドリの判断に委ねることにした(比較した上で決めたかったからやや不本意ではあるけれど)。
 私を安心させるように、彼女はなおも言葉を続ける。

「それに、これが正しい選択かどうかはあの子がジャッジしてくれるわよ」

 ああ、そういえばそんな話があったっけね。私たち四人の新人メイド──コバト、チドリ、ヒヨドリ、そしてヒバリ。
 研究所にある衣装から芸術品までその全てを把握しているらしい、お嬢様育ちのヒバリ。

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 それなりに重量のあるタペストリーだったので、ヒヨドリと二人で横倒しにして部屋まで運んだ。
 ちょうどヒバリが掃除をしていたので、テーブルにタペストリーを広げて問いかける。

「このタペストリーをね、秋っぽいものに替えたいんだけどこれってどうかな」

 ヒバリはこちらに近づいてタペストリーを見て、わずかに思考を巡らしたかと思うと私に告げる。

「秋らしいと言えば、このカムシカのものか紅葉がモチーフのものかの二択になるかしら」

 紅葉の柄なんてあったっけとヒヨドリに目配せすると、さっと目を逸らされた。やっぱり他のは大して見てなかったんじゃない!

「ちなみにヒバリは、カムシカと紅葉だったらどっちがこの部屋に合うと思う?」

 手抜きがバレたことを誤魔化すように、ヒヨドリはヒバリに問う。

「どちらのほうが合うか、ですか。私にはよくわからないけど……」

 頬に手を当てて思案顔のヒバリ。自分で何かを決めるのが少し苦手なことを私は知っていたので、助け船を出す。

「そしたらね、例えばどちらのほうが価値が高いかわかるかな?」
「カムシカのほうが少しだけ、作られた年代が古くて価値があると思います。アンティークとヴィンテージのはざまとでも言いましょうか」

 アンティークとヴィンテージの違いを私はよく知らないけれど、カムシカのタペストリーを選んだのは間違いではなさそうだった。
 ヒバリに礼を言い、得意顔をしているヒヨドリに指示を出してタペストリーを飾る。うん、部屋に暖かみが足されたような気がする。

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 そのまま三人で部屋の掃除を続けていると、どこからかチドリが帰ってきた。なんだかメイド服が薄汚れているけれど、何をしていたのだろう。

「おかえり、チドリ。どこにいたの?」
「そろそろ秋の虫が出てきてるんじゃないかなーって、お庭で探してた!」
「……そっかぁ」

 突拍子もない内容だし微妙にサボりっぽいんだけど、まあここは生物学者の研究所。アリマ様から生物を捕らえてくるよう言われることもあるし、チドリの『気づく力』には助けられることも多いのでこういうときは放っておく。
 なによりチドリは、本当に秋の虫を探したいから探してただけだと思うから。どこかのサボり虫とは違って。

「何か言いたいことがあるのかな、コバト?」

 うっかりヒヨドリと目が合って、にっこりと怪しい笑顔を向けられてしまった。

「なんでもないよ。さ、みんな仕事しよ!」

 みんなに声をかけて仕事に戻る私、コバト。
 そんな私をやれやれと見つめる、ヒヨドリ
 またどこかに行こうとしている、チドリ。
 とっくに掃除を再開している、ヒバリ。

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 スズメさんの教えの続きを思い出した。

『個人の得手不得手は仕事では些細なこと。全体として誰かが完遂できればいいのよ』

『さて、あなたの得手は何かしら?』

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 いつか、もっと経験を積んだら、どんな業務もひとりでこなせるようになる日が来るのだろうか。

 もしそんな立派なメイドになれたとしても、私たち四人はお互いに助け合いながら生きていけたらいいな。

 なんて。

 私は願っている。

《私たちの日常》おわり

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著:ガスパール(@hakki_yoi)
原作・画像作成:アリマ(@DQ10_arima)

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