夏っぽいことがしたい。もっと言うと、夏休みがほしい。いや気が向いた日にしかビストロは開店しないからほとんど毎日が休みなんだけど、それと夏休みは別物なのだ。たまには遠出して、遊びまくりたい。思い立ったが吉日、善は急げ。さっそくあいつらに声をかけてみよう。
ビーチ
雲ひとつない空はどこまでも高く、澄みきった海は遥か彼方まで続いている。僕ら一組だけで過ごすには広すぎるビーチで、三人並んで立っていた。
「おにーさんに感謝しろよ? こんなプライベートビーチ状態、普通はできないからな?」
「さすがドロちゃん! この暑さに加えて人も多い、なんてことになったらドーリィが帰っちゃうとこだった」
「いや、今でもわりと帰りたいけど」
「まあまあ、せっかくの町長のご厚意だ。楽しく過ごそうぜ!」
ここはジュレットの町のはずれにある、ちょっとしたビーチだ。夏まっさかりの今、本当なら人が溢れかえっているほどの人気スポットである。しかし今日は、ドロちゃんの伝手を使って町長に貸切りを打診したところ、こうして僕らだけのビーチにしてもらえたのだった。あとになってドロちゃんが「しばらくジュレットからの依頼はタダ働きだ……」と呟いていたが、僕は聞いていないことにする。
「外に出るのが好きじゃない、っていう一点だけはガスパールと気が合うと思ってたのに」
「残念、僕にはノリと勢いで行動してしまうという特性もある」
「ていうかこの人数しか集められないガスパールくんの人脈やばくね?」
「そこには触れるな」
遠慮のない男三人旅。僕は気が楽で好きだ。
スイカ割り
「もっと右! そうだそのまま真っ直ぐ!」
ドーリィをあらぬ方向へと導くドロシー。
「いいんですね!? 本当にこっちで合ってるんですよね!?」
「合ってるぞ! ガスパールくんならともかく、おにーさんの言うことだから信じられるだろ! そのまま前に進むんだ!」
「はい!」
ずてっ。じゃぱーん。
「ドロシーさぁぁぁぁぁぁん!」
海にのまれるドーリィを笑う僕たち。君、ウェディなんだから溺れやしないだろ?
スイカ割り2
「うん、あとちょっと右で、真っ直ぐ」
たまには意趣返し、とばかりにガスパールをあらぬ方向へ導くドーリィ。
「いいんだな? お前を信じていいんだな?」
「当たり前だろ。もう長い付き合いなんだからいい加減に信用してよ」
「よし。振るタイミングも任せた!」
砂浜をじりじりと進むガスパール。
「………………今だ!」
「てぇぇい!」
「ほー、おにーさんに剣を向けるとはいい度胸じゃねぇか!」
言うが早いか、ドロシーがガスパールの目隠しを剥ぎ取る。そしていつの間にか持っていた棒を構えてにやにやと笑っていた。
「構えなガスパールくん! 楽しいバトルの始まりだ!」
もちろんガスパールがドロシーに敵うわけもなく打ち合いには敗れ、ドーリィはガスパールに殴られた。
釣り
「釣れない」
「飽きたな」
「まだ五分しか経ってないんだけど……」
海水浴
「え、やだよおにーさん。なんでウェディと泳ぎで勝負するんだよ。しないわ」
「あんたさっき剣で僕のこと負かしただろ! 今度は勝たせろ!」
「負けず嫌いすぎる」
しぶしぶ了承し、一直線に並ぶ三人。せーので一斉に泳ぎだした。
一位、ドーリィ。
二位、ガスパール。
三位、ドロシー。
「ドロちゃんが僕のこと蹴るから遅れたじゃん!」
「その前に足を掴んできただろうが!」
「危ないから普通に泳ぎなよ君たち……」
その後、ガスパールが勝つまで水泳大会は続いた。
かき氷
「え、おたくら食うの速くね? 頭痛くならないの?」
「普通になるぞ」
「まあ、人間よりはなりづらいのかもしれないね」
ウェディはかき氷を食べても頭がキーンとなりづらい(かもしれない)という、かなりどうでもいい知識を得たドロシーだった。
花火
「ガスパール、まだ夕方だよ」
「夜には帰るし、晩ご飯の準備とか考えたらそろそろやらないと」
「おー、ビストロのコックたちのご飯、楽しみだねえ」
「二人とも、花火を振り回したり人に向けるのは本当にやめてね。吹き出し花火スラッシュとか打ち上げ花火ショットとか、危ないからね」
「…………」
「…………」
「な、なに」
「天才か……?」
「ドーリィ、お前、よくそんなかっこいいの浮かんだな」
「え、え? 君たちがやりそうなことを言っただけなんだけど」
「かわせるか!? 吹き出し花火スラッシュ!」
「くらえ、打ち上げ花火ショット!」
「やめろって言ってるんだよ!」
「発案者がよく言うぜ」
「おにーさんたちが言い始めたんじゃないもん」
「ガキかあんたら!」
バーベキュー
「あ、魚が釣れなかったから足りないや」
「おにーさんが買ってこようか?」
「じゃあ、お願いします」
「あれ、ドロちゃんは?」
「町に買い出しに行ってもらってるよ」
「バカ野郎! 夏のジュレットのビーチなんかにあいつを放ったら──」
「たっだいまー!」
そこには、両手に花どころか見渡す限り花畑、みたいな状況のドロシーがいた。
「あわわわわわわ」
「やっぱりやりやがった……」
「どうせバーベキューなら、たくさんいたほうが楽しいだろ!」
「盛り髪のおねえさんたちが……ぶくぶくぶく」
「情けないなー。いいじゃん、海辺のビスガス開店ってことで! 食材はみんな持ち寄ってくれたからさ!」
「この人数……いい宣伝になる!」
「だよね!」
(こうなったガスパはもう止められないとうなだれるドーリィ)
「やるぞドーリィ!」
「はいはい……嫌だって言ってもやるんでしょ」
「誘導はおにーさんに任せな!」
海辺の【ビストロ ガスパール】。
その日たまたまジュレットに遊びに来ていた女性だけが入店できたという、幻の店。
食べ、飲み、歌い、踊り、この祭は夜通し続けられたらしい。