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母と弟と変わったらしい僕

昨年はいろいろあって、人間として随分と飛躍した年であったと思う。

 

先日、家族と食事をした。独り暮らしの僕にとっては、やや久しぶりの家族との団らんであった。

そこで母から言われた「変わったね」という言葉。なかなか深みがあるように思う。

僕が生まれる前から僕のことを知っている、ともすれば僕自身よりも僕を理解している母の「変わったね」。

今の僕は、母から見て『どの時代の僕』と比べて変わったのだろうか。生まれたて。幼少期。青年期。はてさて。

ちなみにこの食事会は、僕が人生で初めての挫折を迎え、それを乗り越えて落ち着いたころに開かれたもの。後には「そんな笑い方ができるんだね」という言葉がついていた。

 

その場にいた弟が言ったのは「よく笑うようになった」というものだった。

なぁ弟。君が知っている僕は、一体『いつの僕』からだい?

僕よりあとに生まれた君は、僕の成長過程、すわなち僕が変化し続けている最中、そこからしか知らないだろう。

 

母も弟も、僕を過去と比較して出た言葉なのは確かだが、その根本はまるで異なる。

歴史すべてのどこかから比較した母と、自分が知りうる限りの歴史のどこかから比較した弟。全然違うね?

 

さて、未だ発展途上の僕は、毎日が勉強で、毎日が成長だと自認している。

上を目指す限り、成長を願う限り、人は変わり続ける。不変とは停滞である。

変わった先が間違いなこともあるだろう。

しかし成長とは、失敗を重ね、成功を積み上げ、さらに価値を高めていくこと。

 

どうも僕は、過去の成功体験だけで満足できる人間ではないらしい。

僕のすべてを知る家族ですら驚かせるくらい、今後も変わることを恐れずに成長していきたいと思う。