調理職人日記 ~ガーディアンサラダ~

 調理職人を支える調理レシピは、ギルドで認可された食材とフライパンを使うことでしか作れない。レシピに則らない料理は、調理職人の料理として認められず、腕を認められることも名声を得ることもない。僕はこの現状に納得がいかないのだ。世界が信じるレシピを、僕が作る新しいレシピで覆してみせる――

 

 

 先日は料理と飲み物の相性を軸に考えを進めたわけだが、今日はもっと根本的な発想、既存のレシピに手を加えてみようと思う。エルフの飲み薬をそのままスープの水分にしてみようか。せいすいでもまほうの小びんでもいいけれど。とりあえず買い出しに行こう。

 店の外に出ると、箒を持って落ち葉を端に寄せているタヤーカちゃんがいた。この子は最近雇ったコンシェルジュのウェディの女性で、主に庭にいる。いい笑顔でお客様を迎える担当。

 

「買い出しに行くけど、何かいる?」

「おつかいなら私が行きましょうか」

「いや、新レシピのアイデア探しだから自分で行くよ。方向性が全く浮かばなくてさ」

「なるほどー。あ、じゃあですね、サラダ食べたいです」

「サラダか。うん、今日はサラダについて考える日にしよう」

 

 普段だったら朝でも昼でも賄いに肉料理を要求してくるタヤーカちゃん。ダイエット中なのか、とは聞かないでおいた。

 

 

 さて、調理職人にとってサラダといえば『ガーディアンサラダ』のことだが、これが実に不思議なレシピである。使うのは、魚の切り身、しゃっきりレタス、デリシャスオイル、のみ。サラダのくせにレタスしか野菜がない。切り身が目立っていて、なんだかカルパッチョみたいだ。しかし、レシピがサラダと銘打っている以上、これはれっきとしたサラダなのである。誰がなんと言おうとも。

 この違和感を解消してみよう。野菜が足りないのだ。料理に使う野菜といえば、しゃっきりレタス、まんまるポテト、ジャンボ玉ネギ、びっくりトマトだ。このへんをガーディアンサラダにありったけ加えてみるか?

 特に良いアイデアも浮かばず、バザーで野菜と雑貨品をいくつか購入して店に帰った。

 

 

 新レシピの研究とはいえタヤーカちゃんに食べさせるものだし、適当でいいか。ガーディアンサラダのレシピにいろんな野菜を加えて……

 

「おまたせ、タヤーカちゃん。『4種野菜のガーディアンサラダ』です」

「ほほーう、見た目の華やかさはいつものガーディアンサラダを優に越えていますね。いただきます」

 

「いいですねこれ! 野菜の種類が豊富な分、色々な味と食感が楽しめて、美味しいしボリューム的にも満足です……が、それだけですね」

「やっぱりそうか……」

 

 ギルド発行のレシピとそれ以外の料理との違いは、食後に身体に及ぼす一時的な効能の有無である。バトルステーキを食べれば筋力が増し、スタースイーツを食べれば魅力が増す。レシピに手を加えて、より美味しい料理を作ること自体はさほど難しくないのだが、調理職人の料理として成功と言えるのは、身体への影響を与えられてこそなのだ。その点において、僕はまだレシピの改訂に成功したことがない。

 

「すごく美味しいですが、体感としては普段のガーディアンサラダほどの効能は感じませんね。頑強さを求めるなら、いつも通りのレシピのほうが圧倒的に効果があります」

 

 レシピに手を加えると効能が弱まるのは当たり前、下手をすれば効能がなくなることもある。理由はわからない。

 タヤーカちゃんがこんなに料理のことを理解している理由も、よくわからない。

 

「ま、私としては別に効能を求めているわけじゃないですし、とっても満足なんですけどね。今日もごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 

 

 世界が信じるレシピを覆すような料理の研究は、依然として難航していた。

 

 

 

 調理職人日記 ~4種野菜のガーディアンサラダ(失敗)~

調理職人日記 ~エルフの飲み薬~

「いらっしゃい」

「お邪魔します」

 

 本日のお客さんは、魔法使いにして魔法研究家、赤と黒を基調とした現代風のローブを着込み、かわいらしくも理知的な表情を浮かべるエルフの女性。はっきり言って好みのタイプだ。好みだから店に招いたと言っても過言ではない。

 

「お招きありがとうございます」

「はい。とりあえず、カウンター席へどうぞ」

 

 魔法を研究している彼女の最近の関心事は『エルフの飲み薬』であるという。水差しの中身を飲み干せば、たちどころに身体中に魔力がみなぎるという水薬。製法はエルフの上位者しか知り得ないとのことで、世に出回る数は多くはない。その効能の高さと貴重性から、市場では高値で取り引きされている。

 彼女の研究テーマは『エルフの飲み薬の大量生産』。冒険者による魔物の討伐が常態化している現在、魔力回復アイテムの存在価値は大きい。にも関わらず、同系統最高レベルたるエルフの飲み薬が入手困難であるのには理由があると思われる。素材の稀少さ、製作にかかる時間、作り手の不足、そんなところだろうか。その薬品を、製法も知らない個人が大量生産したいと言っている。馬鹿げている。馬鹿げているが、応援するのは面白そうだと感じた。そして、こちらとしてもエルフの飲み薬が大量生産されることで得る旨みがある。

 

「今日は貴女のために、特別なモノを仕入れてきました」

「あら、なんでしょう」

 

 研究者たる彼女への精一杯の応援として、まだ飲んだことがないというエルフの飲み薬を飲ませることから始めた。味を知り、効能を体感するのは研究の足しになるだろうか。僕自身の研究のためにも、味の感想など聞いてみたい。そして何より、美味しく味わってもらいたい。

 調理技術への科学の応用を研究する『分子ガストロノミー』という学問に『フードペアリング』という概念がある。ざっくり言うと、食べ物と飲み物の組み合わせによって双方の美味しさが増すようなペアのことだ。肉料理には赤ワイン、魚料理には白ワインを合わせるというアレだ。

 僕がエルフの飲み薬を試飲した際に感じたのは、土と花の香り、酸味、それと後を引く甘味である。なるほど、これに合わせられる料理といえば――――

 

「どうぞ、バトルステーキとエルフの飲み薬です」

 

 総合的に言って、エルフの飲み薬は赤ワインのようだと僕は感じた。森に暮らすエルフ属らしい、芳醇な自然の息吹を閉じこめた水薬。恐らく、自然の力を借りた魔術が製法に絡んでいるだろう。土の香りはどっしりとしたコクがあり、果実のような甘味は赤ワインのそれより遥かに高貴だ。安易ではあるがよくあるペアリングとして、バトルステーキに赤ワインに似ているエルフの飲み薬を合わせた。

 

「これ、すごく美味しいです。意外と甘いのですね!」

 

 

 彼女は興奮した様子で僕に礼を言い、自身の研究所に帰っていった。大量生産、ばっちり研究してくれよな。

 

 僕も少し前から研究していることがある。調理職人を支える調理レシピは、ギルドで認可された食材、フライパンでしか作ることができない。それ以外はまともな料理として認められず、腕を認められることも名声を得ることもない。しかしギルドはここ数年、新たなレシピを発表することもなく、改善も行っていない。それどころか一皿に費やす食材を減らしておいて「これが一人前だ」と言いきる始末である。

 僕はこの現状を変えたい。世界が信じるレシピを、世界が知らないレシピで覆したい。超えるべきは調理職人の総本山。ならば、食材以外の食料をレシピに組み込む試みなど、序の口もいいところだ。まずはここから考えてみよう。

 

 

調理職人日記 ~エルフの飲み薬を用いたフードペアリングの可能性~

出動!タヤーカ探検隊

 こんにちは! 知る人ぞ知る【ビストロ ガスパール】期待の新星、コンシェルジュのタヤーカです!

 今日は開店前で誰もいない店内をリポートします! 決してひまだからではありませんよ! タヤーカ探検隊、出発です!

 

 このお庭はですねー、リニューアル時に店の常連さんにシェフがお願いして、ていうか丸投げして作ってもらったらしいですよ。その後の管理は私がしているのですが、緑と光が多くて楽しいです。あえて文句をつけるとしたら、畑が空っぽの日が多いことですかね。ここはシェフの管理なので。

 それにしても、この金色のポストはシェフの指定とのことですが、すごいセンスですよね。ぶっちゃけ浮いてます。前にシェフに「ゴールデンやばいっすね!」って言ったら「本当は黄色でよかったんだけどね。ビストロだから」とのお返事でしたが、意味不明です。

 

 それでは店内に入りましょうか。こちらへどうぞ。

 ドアをくぐってすぐ左、微妙にビストロに似合ってないウサちゃん達が鎮座しています。シェフいわく、犬でもウサギでもない不思議な……どこだっけ、どっかの住人らしいですよ。

 そして右側。常にメラゾーマやきそばとマヒャドかき氷を売ってるモーモンバザーがあります。年に何個かは売れるらしいです。やめればいいのに。

 少し進むと、イラーナ先輩の受付兼書斎があります。イラーナ先輩は私に格闘術やコンシェルジュ業を教えてくれた先生で、その縁でこのお店に呼んでくださいました。あのときカジノでイラーナ先輩に出会っていなかったら、今ごろ私はどうなっていたのでしょう……

 店の中心には緑と光のモニュメント。こういうのがシェフの趣味なんでしょうね。他のお店と違って質素な内装のビスガスですが、なんかシェフのこだわりがあるらしいですよ。私は、シェフにセンスがないだけと睨んでおります!

 そして正面奥。店の心臓部にして目玉のライブキッチン。最大5人の料理人が並んで調理できるという、壮大なキッチンです。ここで調理しているシェフ達を見に来るお客さんが、いつもたくさんいらっしゃいますね!

 おお、キッチンからの眺めはバッチリです。店内が一望できて、なるほど店員としてはやりやすい。視界を遮る物もないし。私は料理できないんですけどね!

 赤を基調とした暖かみのある店内。外の緑と相まって、クリスマスみたいな印象を受けますね。一般的にクリスマスは幸せのモチーフでもありますし、これは狙ってのことでしょうか? イメージ戦略ですかね?

 

 お庭に戻ってきましたよー。あ、フロマージュちゃんとポティロンちゃん! シェフがおでかけ中に見つけた魔物で、見所がありそうだからスカウトしたと言っていました。フォンデュ種のフロマージュちゃんと、たんすミミック種でカボチャをかぶってるポティロンちゃん。いつも外をうろうろしてるフロマージュちゃんには会ったことあるお客様も多いかな? ポティロンちゃんは実は店内に……うふふ。

 

 さて、お店全体を探検してきたタヤーカ探検隊ですが、お別れの時間がやってきました。この度は私の暇潰し、じゃなかった、リポートにお付き合いくださりありがとうございました!

 次は【ビストロ ガスパール】開店日にお会いしましょう! 私はいつでもお店の前で皆さんをお待ちしております!

シェフは自慢の店を語る

 ようこそ【ビストロ ガスパール】へ。

 お客さん、今日が初めてのご来店ですか。ありがとうございます。こちらのカウンター席へどうぞ。

 ご注文はお決まりでしょうか。おっとすみません、メニュー表はこちらです。

 

  • 前菜   スマッシュポテト
  • スープ  マジックスープ
  • 魚料理  いやしのムニエル
  • 肉料理  バトルステーキ
  • デザート スタースイーツ

 

 この順番でお楽しみいただくのが『フルコース』です。そんなには食べられない? なるほど。では、まずはお好きな一品をお召し上がりください。形式ばらず、自由にお楽しみいただいて構いませんよ。

 はい、かしこまりました。『いやしのムニエル』ですね。少々お待ちください。

 

 お待ちいただく間に、当店の紹介でもしましょうか。僕が勝手に話すだけなので、興味がなければ聞き流してくださいね。

 料理屋【ビストロ ガスパール】。当店は初め、グレン城下町から程近い雪山にありました。今でこそ珍しくもありませんが、当時はまだレストランは殆どありませんでした。作り置きの料理を購入するのが主流の時代でしてね。

 初めのうち、お客さんは少なかったです。お客さんの目の前で料理を作るなんて美味しさが不安定だし、そんな店が流行る訳がないと言われたこともあります。

 別に儲けたいわけではなかったので、細々と営業を続けていました。そうしていたら、ありがたいことにお客さんの口コミや宣伝のおかげで、少しずつ客数が増えていったんです。店の落ち着いた雰囲気や、僕たちが料理をする姿を気に入っていただけたようです。

 そして開店から一年後に、店舗をここ、ガタラの住宅街に移して営業を続けております。移設前と比べて、ずいぶん豪奢になった店内に驚いたお客さんも多かったですね。

 おかげさまで収益も安定してきたので、最近では支店を出しているんですよ。といってもジュレットの町に二店舗あるだけですが。海鮮を使った料理が自慢の『ラ・メール店』、メニューはどんぶりのみの『がすぱる亭』、どちらも素敵なお店ですよ。機会があったらいらしてください。

 

 さ、おまたせいたしました。『いやしのムニエル』でございます。温かいうちに、どうぞお召し上がりください。

 

 美味しいですか。よかったです。僕も自信をもって最高の出来と言える皿に仕上がりましたからね。美味しいでしょうとも。

 とはいえ実を言うと、僕はそこまで料理が得意なわけではないんです。料理が上手いのは、他のコックたちですね。みんな、調理ギルドに認められた凄腕の料理人たちです。

 店内に何人かウェイトレスがいるでしょう。彼女たちはお客さんを案内して、料理を待っている間にお話するのが仕事です。仕事というか、好きにやっているだけですけどね。

 僕をはじめ、この店の従業員はみな、好きなことをしているだけなんです。営利目的ではないし、辛い思いをして働くなんてつまらないじゃないですか。厳しい環境に身を置くなんて、僕も嫌ですしね。気楽にやらせてもらってます。

 

 一方的に話しすぎてしまいました、すみません。お代はこちらにお願いいたします。

 当店の料理は、食材と調理器具にかかる費用、つまり原価程度の料金を頂いております。最近では赤字が心配になるくらいの破格で料理を出している店もありますが、僕はモノには正しい価値を支払うべきだと考えています。食材にも調理器具にも、それを作って売りに出してくれている方がいます。その苦労を、思いを無下にするような真似はしたくありませんからね。

 

 

 もうこんな時間ですね。本日は閉店でございます。

 ご来店、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。