ガスパ活動記録(しない)

ツイッターに載せきれない長文とかを投稿するよ

たまには君とふたり

穏やかな昼下がり。ランチタイム営業のない【ビストロ ガスパール】は、掃除や仕込みを終えれば夜までやることがなくなる。

「今日も今日とて、ひまだ」

ガスパールが客席でだらけるのはもはや日課である。そんな店主を一瞥し、コンシェルジュのイラーナが帳簿をつけながら軽くなじってくる。

「魔物の討伐依頼でもこなして、少しは稼いできなさいよ」

「ええ……面倒くさい」

「あなたが無駄遣いばっかりするから、経営がいつもぎりぎりなんだけど」

「僕がどんな無駄使いをしたって?」

「着もしない大量の服」

「ぐうの音も出ない」

君は僕の奥さんかなにかか、と言うのをぐっと堪えて、仕方なく立ち上がるガスパール。冒険用のレザーメイルに着替え、装備と道具袋を腰にくくりつける。未だにこちらを見もしないイラーナへ「営業時間までには帰るから」と告げて店の出口へ向かった。

 

──カランコロン。ガスパールがドアノブに触れる前に、ドアかひとりでに開く。

「やあ、ガスパール君。お出かけかい?」

これは厄介なことになりそうだと、ドアを開けた桃色を見てガスパールは直感したのであった。

 

暗殺から破壊工作までなんでもござれの傭兵・ドロシー。通称、桃髪のドロッセル。ただしそんな緊迫した生活の裏には、次々と女性をとっかえひっかえしているという事実もあることをガスパールは知っていた。桃髪っていうか頭の中までピンク色だよなあ、と思っている。

どこぞの酒場で知り合ったガスパールとドロシー。女好きの性が惹かれあったのか、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。

「うちの店は僕を目当てに美女がたくさん来るんだぜ。働いてみないか?」

「それは嘘っぽいけど、ま、楽しそうだしやってみるよ」

あれよあれよと言ううちに、ドロシーの雇われ先がひとつ増えた。およそ彼の本業とはかけ離れた、ウェイター・ドロシー。数々の女性を惑わせてきた話術が活かされ、客からの評判は上々である。

 

「それで、こんな真っ昼間から何の用だ?」

基本的にビストロの従業員は、夜の開店間際に出勤することになっている。日のあるうちに誰かが来るなど、そうそうないことだった。

ドロシーはいつも通りの、人を小馬鹿にしたようにも見える微笑を崩さないまま答える。

「いやね、たまにはガスパール君にもおにーさんの仕事を手伝ってもらおうかと思って」

「ドロちゃんの仕事って、大体は血生臭いイメージなんだけど」

「その通り。いや、今回に限っては血っていうか鉄の臭いかな」

にやっと笑うドロシーに、ガスパールはさらなる不安を募らせるばかりだった。

 

レンダーシアはメルサンディ地方には、巨大な地下水路がある。かつては使われていたのであろうレンガ造りの水路だが、今となっては魔物がはびこる廃墟と化していた。

そこに突如として現れた、おびただしい数のさまようよろい。調査に向かったレンジャーによれば、その数は百や二百では済まないという。

「本当はおにーさんが請け負わなくてもよかったんだけどね……メルサンディ村には知り合いがいるからさ」

被害が出る前に拠点を潰したいから手伝ってほしい、というのがドロシーの頼みだった。

「世界屈指の強者たるドロッセルくんに手伝いなんかいるのか?」

「数が多すぎて面倒なんだよ」

「なるほどね」

事前にドロシーが水路を偵察したところ、やはり数が多く、一人で壊滅させるのは骨が折れるだろうと判断した。しかし水路の入口は小さな井戸のみ。よって人海戦術よりも少数精鋭で潜入することにした。

そういう事情なら、それなりに腕の立つ戦士・ガスパールに白羽の矢が立ったのも頷ける。

「それにこの依頼はグランゼドーラ王国の紹介ってことになってるから、報酬もたんまり、だぞ」

「決まりね、行ってきなさいガスパール。今日の店は休業にしておくから」

外堀を埋められた。イラーナにこう言われてしまっては、もはや拒否権は無いに等しい。

「行くよ、行けばいいんだろ。イラーナさんは?」

「行かないわよ。だって……」

僅かに微笑んでイラーナが呟く。

「私は、ここであなたを待つのが仕事だから」

 

地下水路の入口となる、小さな井戸のある広場にガスパールとドロシーはいた。

「ところでドロちゃんや。僕たち2人とも戦士なわけだが」

「うん、そうだね」

「回復は?」

ミラクルソードがあるじゃないの」

「本気で言っているのか……?」

「というか、さまようよろい程度の敵に遅れをとりはしないだろ」

妙に自信満々に話すドロシーをみて、着いてきたのは間違いだったかなと思い始めたガスパール

「じゃ、中に入ろうか。多分すぐに戦闘になるから気をつけてな」

「了解。最深部まで一気に行くぜ」

ガスパール君は危なくなったらすぐに引くんだよ」

「危なくなったらドロちゃんを置いて撤退する、オーケー」

「その言い方もどうかと思うよ」

雑談もそこそこに、井戸の底に降りていく2人だった。

 

がしゃん、がしゃん、と金属がぶつかり合うような音が絶え間なく鳴り響く地下水路。少し先に見える通路には、数えきれないほどのさまようよろいが蠢いていた。

「んー、このあいだ見に来たときよりも増えてるか?」

「ここまで増えるって、何かおかしいよな」

「うん、おにーさんもそう思うよ。どこかにまとめ役がいるのかもね」

「そうだな」

2人は剣と盾を構え、目を合わせる。

「対多数戦闘の経験は?」

「昔、少しだけイラーナさんに習ったよ」

「ん、大丈夫そうだね。それじゃあ行ってみようか。おにーさんに続きな!」

声を張り上げ、地を駆けるドロシーに気づいたさまようよろいの群れ。しかしやつらが動きだすよりも速く、ドロシーは剣を振るう。

「ぼさっとしてるなよガスパール君! おにーさん一人で全滅させちゃうぜ!」

いや、それならそれでいいんだけどな、と思いながらガスパールさまようよろいたちに向かっていく。

斬りつけて、蹴りとばして、体当たりして、無数の鎧を壊して進む。ときには向けられた刃を避けることもあるが、基本的には二人が優勢だった。

ガスパール君、ちょっと下がってろ!」

ガスパールが言われた通りに後ろに引いたことを確認し、ドロシーは剣を高く掲げた。

「輝きの奔流に沈め! ギガスラッシュ!」

刀身から伸びる光の帯が、周囲の敵を薙いでいく。あとには息を弾ませたドロシーとガスパールだけが残っていた。

「……なあ、やっぱり僕の助けはいらなかったんじゃないか?」

「何を言っているんだい、まだまだ先は長いぞ」

ドロシーの言葉の通り、通路の先からはまださまようよろいが押し寄せてくる。倒し続ければいずれ終わりは来る、そう信じて進むしか二人に道はなかった。

 

この扉の向こうは地下水路の最奥、大広間である。激しい連戦を勝ち抜いた二人の防具はとっくに傷だらけで、手にする剣と盾は敵から奪ったものに替わっている。戦闘の経験が豊富な二人とはいえ、圧倒的な数の力には苦戦を強いられた。剣は折れ、盾は砕け散り、敵の武具を使用する程度には。

「おにーさん、もうくたくただよ」

実のところガスパールの出番はあまりなく、ほとんどがドロシーの手柄だった。現役の傭兵と、引退しかけている戦士。あらゆる技量の差は歴然としていた。ガスパールは、すっかり疲れきったドロシーに声をかけることしかできない。

「情けない声だすなよ。多分この先で最後なんだろ? ちゃっちゃと終わらせようぜ」 

「うーん、軽く言ってくれるねえ。仕方ない、やるか!」

さびついてはいるが未だ大広間を守っている巨大な扉を、力いっぱい押し開けた。

 

天井は遥か高く、暗闇に包まれた大広間。誰が点けたのか、並び立つ松明が爛々と燃えている。上層から滝のように打ちつける水の音がうるさい。

そして『それ』は大広間の中心で異彩を放っていた。視認できるほどに濃い魔障をまとい、その闇の中でも光かがやいている鎧。

「やつがここのボスってわけかい」

「あんな濃厚な魔障さえなければ、ただのさまようよろいに見えるんだけどな…」

「きらっきらなのはなんでかね?」

「魔障の力で鎧が最適化されてる……とか」

「まあ、そんなところか」

「とは言え、こいつが事件の元凶だって確信はないんだよな」

これまでに散らしてきたさまようよろいとは一線を画する存在であることは明らかだった。どっしりと構え、威厳すら感じる佇まい。思わず、近寄るのも躊躇してしまう。

二人が動けずにいると、鎧のほうから話しかけてきた。

「我ハ求ム……強キ者。兵ヲ散ラシタ貴殿ラヨ、手合ワセ願オウ」

言うが早いか、剣を突きだして駆けてくる鎧。その見た目に似つかわしくないほどの速度で、二人に向かって走ってきた。

「おわっと!」

がきぃん、と激しい金属音を鳴らし、ドロシーの持っていた盾はひしゃげてしまった。追撃を警戒し、二人は鎧から距離をとる。

「我ノ剣ヲ、超エテ見セヨ」

「……いくぜ!」

敵意を明らかにした鎧に対し、もう躊躇することはないと斬り込むドロシー。少し遅れてガスパールも斬りかかる。二人がかりの剣戟を、鎧は紙一重でかわし、盾で防いでいく。何らかの型に嵌まった動きのように見えるその姿は、まるで歴戦の騎士のようであり、剣術の素晴らしさにドロシーは舌を巻いた。

「どこぞの騎士サマの魂でもこもってるのか!? これならどうだ!」

ふっと周囲に魔力が漂い、ドロシーは隼の如く素早い二連撃をくりだす。しかし鎧もドロシーの剣に合わせて自らの剣を振るい、完璧に身を守ってみせた。そして続けざまにドロシーを射抜く凶刃。

「ぐっ……!」

剣ごと弾き飛ばされ、袈裟懸けに斬りつけられる。身を守る盾はすでに無く、傷を増やしながら逃げ惑うしかなかった。

「ドロちゃん!」

ガスパールが鎧を横から押し飛ばすも、その衝撃で剣は折れてしまった。

「へへっ、おにーさん、ちょっと今日は疲れちまってるかな」

「それもあるけど、あいつ滅茶苦茶に強いぞ」

「全快のおにーさんだったら余裕なんだけどなあ」

顔に疲労と苦痛を浮かべながらも軽口をたたくドロシーは、見ているほうが痛々しかった。

「ま、もしもの話をしてても仕方ないな……ところでガスパくん、武器まだ残ってる?」
「ナイフが1本だけ。あぁ、フライパンを鈍器に数えるならそれもだ」

それを聞いたドロシーは何故か楽しそうに笑い、高らかに吠える。
「バカ言え。そいつぁーこの後のメシのためにとっときな!」

 

 

「へへへ…おにーさん、やべえだろ」

「うるせぇよノロマ…鎧がゴツ過ぎんだよ…」

「余計なお世話だ…」

足を投げ出してへたりこむ二人。お互いの健闘を讃えるように拳を合わせた。

ガスパール君がナイフを持っててくれて助かったよ」

結果的に、魔障をまとったさまようよろいを倒すことは出来なかった。しかし、無力化には成功した。

あのとき、ドロシーが鎧の不意をつき、関節を極めた。そしてガスパールが鎧の兜と胴体の隙間にナイフを突き刺し、兜を引き剥がした。頭を失った胴体は倒れたが、兜は依然として「卑怯モノ!」と喚いていた。兜だけ袋に包んだため、もう胴体と繋がることは出来ないようだった。

「こんな風に、ただの防具みたいにしてしまえば眩しいほどに綺麗なのにな」

「……うん、まあ、なんとか勝ててよかったよ」

ガスパールは何やら考えこむような仕草をしつつ、首肯する。

「とりあえず、帰る前に少し休憩しておこうよ。フライパンの出番だぜ!」
「メシはあとでな…」
「えー、腹へったよガスパールくぅーん」
「草でも食ってろ」

ガスパールは、僕も疲れたんだよ、と呟いてから寝転がった。

 

 

「おかえりなさい」

ビストロに戻った二人はイラーナに出迎えられ、ようやく気持ちを休められた。戦闘が続き、無意識のうちに気が張っていたことに今やっと気づいた。

少し時間を置いてから、ガスパールは全員分の料理を作り始める。今夜は一番の得意料理、バランスパスタだ。

 

パスタを食べながら、テーブルの向かいにいるドロシーへ問う。

「それで、本当のところ僕を誘ったのはどうしてなんだ?」

ガスパールが戦力としてあまり役に立つ訳ではないことを、恐らくドロシーは事前にわかっていた。だからこそほとんどの敵を一人で請け負っていたのだろうと考えての質問だった。

そんなガスパールの疑念を特に察しもせず、あっけらかんとドロシーは答える。

「仕事とはいえ、楽しいほうがやる気が出るだろ? たまには友人と遊びたくなった、それだけだよ」

ドロシーのことを仕事人間だと考えていたガスパールにとっては、意外な回答だった。

「おにーさんは仕事のために生きてるわけじゃないからね。仕事をして、金を稼いで、その先がある。でも仕事が辛いだけじゃ嫌だろ? だから楽しみも探しながらこなしてるのさ」

自分と過ごすことを『楽しい』と言われて嫌な気はしない。そして、血生臭く緊迫した世界に身をおきながらも笑顔を絶やさないドロシーの強さを垣間見たように思った。

 

夜は更ける。

何のために生きているのかはわからないけれど、それでも明日を生きていく。

 

2月某日、ビストロにて

※これはちょっと前にツイッターでした話を元に、物語として再構築したものです。口調が多少違うかもしれません。

 

 

 

「……以上、今日はこれで解散」

たった今終わったのは、調理職人の祭典【マルシェ】の会議である。

しかし……前回の好評を受けて第2回の開催を決めたのだが、どうにも僕はやる気が出ない。主催の僕にやる気がないというのは致命的な問題であるが……

 

「どしたよ王さま~」

まだ会議室に残っていたオーガの大男が話しかけてくる。

「なんか暗い顔だな!」

「見てわかるくらいひどい顔してるか?」

「おう、めんどくせーって顔してる」

「大正解」

ガサツそうな見た目とは裏腹に、人のことをよく見ているのがこいつの良いところだ。だから、普段から割と愚痴を言いやすい相手。

「準備が始まったわけだけど、正直、面倒臭い」

「おいおい、頑張ろうぜ! これはあんたにしかプロデュースできない企画だからよ……大丈夫、やりきったらきっと達成感で満たされるからさ!」

そう言って僕の背を力強く叩き、励ましてから去っていく。

気持ちはありがたいが……もはや達成感を求めるほどの元気も出てこないのが現状である。

彼はいつも明るく、まわりを照らすような存在だ。優しく強く、そして面白い。人望に厚いのも頷ける。そうだ、僕の代わりに彼が【マルシェ】の主催をやってくれれば────

 

「どうしたの、君。いつもよりも悪い顔してるけど」

「普段から悪い顔してるみたいに言うな」

こんな遠慮のない鬱屈した心配の仕方をしてくるのは、古い友人のウェディに決まっていた。

 「彼との話が聞こえてたから、理由はわかってるけどさ……勢いで物事に取り組むからそういうことになるんだよ。君の悪い癖だ」

「いいや、これは僕の美点だね。たまたま今は乗り気じゃなくなっただけだ」

「じゃあいつなら乗り気になるんだい? ビストロだって開けてないくせに」

「……うるさい。嫌なものは嫌なんだよ」

そう言ってそっぽを向く僕。

 

やがて彼の溜息が聞こえた。

「なるほど、いつも以上に今の君は強情らしい────ならば仕方ない、約束しよう。見事に【マルシェ】をやりきったら、僕は君の靴を舐める」

「どうしてその結論になった」

振り返ると、彼はやけに真剣な、それでいて苦悩に満ちた顔をしていた。意味はわからないが。

「いや、僕を下に見ていいっていうアドバンテージを贈ることで、少しでも君のやる気に火をつけられたらと……」

「少しも嬉しくないから。というか靴が汚れる」

「汚れるって酷くないか?」

「お前の発想のほうがよっぽど酷い」

こいつは僕をどんな風に思っているのだろう。一度話し合ったほうがいいかもしれない。

「いいから、今日は帰れよ。あんまり話す気分でもないよ」

ぐいぐいと彼を外に押し出し、ドアを閉める。

決して悪い男ではないのだが、おそらく頭がおかしいのだと思う。どうしてその条件で僕を喜ばせられると思ったのだろう。 思いつくにしても他になにかあるだろうに。

 

「ああ、馬鹿馬鹿しい……」

寝室に行くのも面倒で、ビストロのソファに寝転がる。

僕の特技は、どこでもすぐに眠れること。

 

 

 

とんとん、と優しく肩を叩かれて目を覚ました。

「おはよう。起きた?」

「……おはよう」

目を開けて初めて目に写ったのは、目を見張るようなオーガの美女。(目、が多い。寝ぼけている)

即ち……いや、僕らの関係性はどうでもいい。それより気になるのは、この、店内を満たす甘い香り。そして彼女が着ている汚れたエプロン。

「何か作ってたの? ていうか料理できたんだね」

「人並み程度は出来るわよ……うん、朝ごはんでも作ってあげようと思って、ホットケーキを焼いたの。食べましょう」

慣れた手つきでビストロの食器棚を開けて、食事の準備をしてくれる彼女。

「紅茶も淹れたの。ふふ、大丈夫、ティーポットは2人で1つよ」

小馬鹿にしたような微笑みを向けてくる。以前、2人で行ったティールームで僕が『1人でティーポット1つなんて飲みきれないだろ……』と唖然としていたことを揶揄しているのだろう。1人1つのティーポットを飲みきるのは、マナーどころか常識らしいけれど。

「そりゃあ気の利くことで」

少しむっとして、彼女よりも先にホットケーキを頬張る。普通に美味しくて、小さな反抗心も消えてしまった。

「美味しいよ」

「よかったぁ」

安堵の表情を浮かべてはいるが、彼女は別に自信がなかった訳ではないと思われる。自信がない、ということがそもそも概念として存在しない人なのだ。

「食べ終わったら、片付けはあなたがお願いね」

「わかった」

ホットケーキをぺろりと平らげ、紅茶も十分に楽しんでから片付けを始める。

洗い物はすべてキッチンへ。そのキッチンは……まるで雪化粧をしたかのように白くなっていた。粉まみれのキッチン。小麦粉だろうか。いくらなんでも汚しすぎだろうと思ったが、朝ごはんの件も踏まえて何も言わないことにする。

ここのところキッチン自体まともに使っていなかったため、ほこりを払う意味もこめて入念に磨く。そういえば、いつからビストロを閉店にしたままだっただろう。時間を無為に過ごしていた、ここ数ヶ月。それを清算するかのように丹念に汚れをとる。思い出すのは、ここを舞台とした日々。自分が一番輝いていた時期。

 

「やっぱり、キッチンに向かっているあなたの方があなたらしいわ」

今度は何の含みもない、自然な笑顔を向けてくれる彼女。

「今日来たのもね、最近のあなたが塞ぎこんでいるように見えたからなの。それに、ずっと放っておかれたままのキッチンが寂しそうよ?」

つまるところ、僕がこうやってキッチンに向かい直し、心をこめて綺麗に磨くまでが彼女の狙いだったのだろう。まんまと乗ってしまったようだが、不思議と嫌な感じはしなかった。

「……はいはい、やればいいんだろやれば」

こみ上げる恥ずかしさからか、思わず顔を背ける僕。

「タヤーカは庭から店内まで大掃除! イラーナさんは食材の補充! 久しぶりにやるぞ!」

 

 

 

こうしてみんなから活力をもらった僕だが、久しぶりの開店初日は初めての寝坊で営業を副料理長に丸投げする事態に陥ったりした。さらに【マルシェ】計画も凍結。また秋にでもやろうと思う。

代わりに始めたのは、これまでの【ビストロ ガスパール】を本にする計画。丸2年を超えたウチの歴史、なかなか面白いと思うんだ。

 

もうすぐ春がやってくる。

出動!タヤーカ救護隊

 雪が降り積もる地。周りを見下ろすことのできる小高い丘に、その建物はあった。

(ここが……ビストロ ガスパール

 声を発するのも躊躇われるほど静かな、寂れた店。いや、店だった建物。使われていた形跡はとうに無く、周囲の綺麗な雪原が人の往来を否定していた。

 

 アストルティア有数のレストランとして名を馳せていた【ビストロ ガスパール】。グレン住宅街 雪原地区に建てられた店は、多くのスタッフとお客さんに支えられていたという。

 しかしある日、店主のガスパール氏が閉店を発表した。スタッフにもお客さんにも理由の説明はなく、全てが謎のまま氏は消えた。また、この店のコンシェルジュでありパートナーでもあったイラーナ氏も同時に行方をくらましており、恐らくは二人でどこかに行ったのだろうというのが世間の見解だった。

 それから20年が経ったつい先日、グランゼドーラ領の片隅でガスパール氏とイラーナ氏の死体が発見された。

 

 タヤーカは恐る恐る扉を開いて店に入った。木材を基調とした、質素ながら温かみのある店内……であったのだろう。今は埃が積もり、何もかもの時間が栄華の中で止まっていた。

 本棚、テーブルに置かれた手帳、散らかった書類、ひとつひとつ丁寧に目を通す。スタッフ間の連絡帳、顧客リストに帳簿、表紙に調理職人日誌と書かれたノート、すべての情報をかき集めた。

 

「彼が突然いなくなった理由は、僕にもわからない。自分で言うのもはばかられるけど……彼の右腕だった僕にさえ、何も相談しなかったんだ。それとも右腕っていうのは僕の思い上がりで、彼は、誰のこともなんとも思っていなかったのかもしれない」

 ここに来る前に会った、かつての従業員の言葉を思い出す。当時を知る人からしてもこの従業員はガスパール氏の相棒であり、何でも話し合える仲であったと言われていた。その従業員にさえ何も言わずに消えたガスパール氏。

「そういえば彼が消えるずいぶん前のことなんだけど、僕らの共通の友達から、店をガタラに移さないかって誘われていたことがあったな。雪山よりも住宅街のほうが人気が出そうだってみんな思ったんだけど、ガスパールは『僕を客寄せパンダにでもするつもりなんだろうよ』とか言って断ってたっけ。あの頃からだったかな。急にガスパールと他のスタッフとでもめ事が増えたんだよね。なんか他人が信じられない、みたいなこと言ってたな。まぁ、もともと友達の少ない男ではあったしなぁ」

 

 書棚の奥の方に仕舞いこまれていた手紙には『店舗移転のご提案』と書かれていた。要は、友人たちで近所に住むからガスパール氏の店もどうだろう、という内容だ。どうやら右腕さんの言っていたことは真実であるようだ。

 

 母は、このことを言っていたのだろうか。いつか言っていた「あの人に沢山の仲間がいたら、私たち家族はもっと幸せに生きられたのかな」という言葉。その言葉を疑問に思い、私はここまで調べてきた。

 仲間と聞いての予想でしかないが、移転の申し出を受けていればガスパール氏の周りには友達も多く、人の出入りのある土地で店の人気も上がっていたのかもしれない。

(全部、そうであってほしいという楽観的な願望でしかないんですけどね)

 それでも今から自分が成そうとしていることを考えれば、その願望に賭けるしか方法がなかった。

 

 目的、ガスパール氏とイラーナ氏の滅びの運命を変える。

 方法、店舗移転を実現させて、ガスパール氏に沢山の友人をつくる。そして【ビストロ ガスパール】を人気店にしてお客さんを集める。そしてガスパール氏と仲良しのお客さんを増やす。

 やることは決まっていた。辿るにふさわしい道もわかったはず。なに、道を違えたと気づいたなら、それから修正すればいい。

 

「私はわりと何でもできます。例えば徒手空拳の武術だったり、レストランの管理だったり、タイムリープだったり。大丈夫です、私は昔から優秀で、なにより運が良いので。この世界の私を捨ててでも、この願望を叶えてみせます」

 

 誰も知らない店内で、タヤーカは呟いた。時を移る、時間を売る呪文と共に。

 

「待っていてください、お父さん、お母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「タヤーカ、とっとと賄い食べちゃいなさい。まだ店先の掃除終わってないだろ!」

「はいはいやりますよーっと」

 

「いらっしゃいませ!【ビストロ ガスパール】へようこそ!」

つきのものがたり

しんしんとゆきがふりつもるよぞら。

うみはつきのだいざをたたえる。

 

「フレブルーナ、ほんとうにうみをわたるの」

──わたしはうみをわたる

 

「フレブルーナ、きみをまもるものはむこうにいないかもしれないよ」

──それでもわたしはせかいをみたい

 

「フレブルーナ、ぼくじゃとめられないのかな」

──すすむときめたのはわたし

 

「フレブルーナ

──ランドリング

 

「フレブルーナ、さようなら」

 

 

ランドリングはつきのだいざにわをおいた。

せなかにひのひかりをうけてフレブルーナはこぎだす。

たいようにおいこされないようにすすむ。

 

ランドリングはこがれるほうをめざす。

 

調理職人日記 ~やくそう~

 調理職人を支える調理レシピは、ギルドで認可された食材とフライパンを使うことでしか作れない。レシピに則らない料理は、調理職人の料理として認められず、腕を認められることも名声を得ることもない。僕はこの現状に納得がいかないのだ。世界が信じるレシピを、僕が作る新しいレシピで覆してみせる――

 

 

 既存のレシピに手を加えて、さらに美味しい料理を作ることはできる。しかし、調理職人のスキルたる『身体へ影響を及ぼす料理』に昇華することができない、というのがこれまでのレシピ開発の結果である。あらゆる調理食材の組み合わせを試したように思うが、上手く効果が現れなかった。

 最近ではフードペアリングと称して、料理と共に水薬をドリンクとして味わう方法を試したが、これはレシピの改定とは言えないだろう。

 研究の次のステップとして、今度は食材ではない物を料理に組み込んでみることを思いついた。特に試したいのは、料理同様に身体に影響のある食べ物。まず思いついたのは、古来より傷を治すために食されている植物、やくそうだった。

 

 やくそうをまな板に乗せてみる。これどうするんだ。野菜っぽいけど、決して食感は良くないし、そもそも美味しいものでもない。薬効を得るために食すのであって、食事には向いていないのだ。

 薬効といえば、毒を消し去るどくけしそう、麻痺を取り去るまんげつそう、眠りから覚ますめざめの花も似たような植物である。呪文の発達により使われる機会は減っているが、呪文が苦手な者には未だに重宝されているとか。これらの植物――『薬草』を料理に使うとしたら、スパイス的な利用法が妥当だろうか。少なくとも、サラダにして食べたいようなものではない。

 やくそうとどくけしそうはそのまま、まんげつそうの葉、めざめの花の花弁をそれぞれ切りだし、すべて紐でくくってひとまとめにし、ブーケガルニを作る。本来のブーケガルニは数種類のハーブを束ねたもので、スープや煮込み料理のスパイスとして使われる。これは言うならば、冒険者風ブーケガルニだ。

 おおとろの切り身、しゃっきりレタス、びっくりトマトを具材に、ピリからペッパーと冒険者風ブーケガルニで味を整え、仕上げにデリシャスオイルを加えてコトコト煮込む。

 

「あら、今日はまた随分と珍妙なことをしているのですね」

 

 こちらを覗きこんできたのは、コンシェルジュのイラーナさん。僕とイラーナさんとタヤーカちゃん、みんなウェディ。

 

「おー、いつもの『答えは言わないけど失敗を予言するモード』ですか、イラーナさん」

「それはすごく語感が悪いから、他の言い方を考えたほうがいいと思います」

 

『答えは言わないけど失敗を予言するモード』自体は否定しないんだな。ということは今回も効能のある料理にはできていないのだろう。

 

「今回は悪くないと思うんだけどなぁ。やくそうを主体としたブーケガルニ、本当に効果でてない?」

「ええ、全然全く欠片も寸分も治療効果はありません。それどころか、本来のマジックスープとしての効能も失われています」

「そこまで酷いのか。本当、どうしてなんだろうね」

「あなたは一般的な料理の技術を持ち込んでいるにすぎません。調理職人の料理は、そう簡単なものではないのですよ」

 

 イラーナさんはずっとこの調子だ。自分は答えを知っているかのように振る舞うが、ちっとも解決策を教えてくれない。昔から――そう、剣術を教えてくれていた昔からこうだ。僕が気づくまで物事の本質は教えてくれない。おかげさまで修業時代はとても苦労した。彼女に言わせれば、その苦労こそが強くなる秘訣らしいが。

 

「ここのところは料理の勉強をしているようですが、それはまるで見当違い」

「じゃあ何を学ぶべきだと?」

「あなたが自分で至るべき答えなので教えません」

「はいはい、いつも通りね。わかりましたよ」

 

 悪くないアイデアだと思ったけど、冒険者風ブーケガルニ、どうやら失敗のようだ。おやすみなさい。

 

 

調理職人日記 ~やくそうを主体としたブーケガルニの作成~

調理職人日記 ~ガーディアンサラダ~

 調理職人を支える調理レシピは、ギルドで認可された食材とフライパンを使うことでしか作れない。レシピに則らない料理は、調理職人の料理として認められず、腕を認められることも名声を得ることもない。僕はこの現状に納得がいかないのだ。世界が信じるレシピを、僕が作る新しいレシピで覆してみせる――

 

 

 先日は料理と飲み物の相性を軸に考えを進めたわけだが、今日はもっと根本的な発想、既存のレシピに手を加えてみようと思う。エルフの飲み薬をそのままスープの水分にしてみようか。せいすいでもまほうの小びんでもいいけれど。とりあえず買い出しに行こう。

 店の外に出ると、箒を持って落ち葉を端に寄せているタヤーカちゃんがいた。この子は最近雇ったコンシェルジュのウェディの女性で、主に庭にいる。いい笑顔でお客様を迎える担当。

 

「買い出しに行くけど、何かいる?」

「おつかいなら私が行きましょうか」

「いや、新レシピのアイデア探しだから自分で行くよ。方向性が全く浮かばなくてさ」

「なるほどー。あ、じゃあですね、サラダ食べたいです」

「サラダか。うん、今日はサラダについて考える日にしよう」

 

 普段だったら朝でも昼でも賄いに肉料理を要求してくるタヤーカちゃん。ダイエット中なのか、とは聞かないでおいた。

 

 

 さて、調理職人にとってサラダといえば『ガーディアンサラダ』のことだが、これが実に不思議なレシピである。使うのは、魚の切り身、しゃっきりレタス、デリシャスオイル、のみ。サラダのくせにレタスしか野菜がない。切り身が目立っていて、なんだかカルパッチョみたいだ。しかし、レシピがサラダと銘打っている以上、これはれっきとしたサラダなのである。誰がなんと言おうとも。

 この違和感を解消してみよう。野菜が足りないのだ。料理に使う野菜といえば、しゃっきりレタス、まんまるポテト、ジャンボ玉ネギ、びっくりトマトだ。このへんをガーディアンサラダにありったけ加えてみるか?

 特に良いアイデアも浮かばず、バザーで野菜と雑貨品をいくつか購入して店に帰った。

 

 

 新レシピの研究とはいえタヤーカちゃんに食べさせるものだし、適当でいいか。ガーディアンサラダのレシピにいろんな野菜を加えて……

 

「おまたせ、タヤーカちゃん。『4種野菜のガーディアンサラダ』です」

「ほほーう、見た目の華やかさはいつものガーディアンサラダを優に越えていますね。いただきます」

 

「いいですねこれ! 野菜の種類が豊富な分、色々な味と食感が楽しめて、美味しいしボリューム的にも満足です……が、それだけですね」

「やっぱりそうか……」

 

 ギルド発行のレシピとそれ以外の料理との違いは、食後に身体に及ぼす一時的な効能の有無である。バトルステーキを食べれば筋力が増し、スタースイーツを食べれば魅力が増す。レシピに手を加えて、より美味しい料理を作ること自体はさほど難しくないのだが、調理職人の料理として成功と言えるのは、身体への影響を与えられてこそなのだ。その点において、僕はまだレシピの改訂に成功したことがない。

 

「すごく美味しいですが、体感としては普段のガーディアンサラダほどの効能は感じませんね。頑強さを求めるなら、いつも通りのレシピのほうが圧倒的に効果があります」

 

 レシピに手を加えると効能が弱まるのは当たり前、下手をすれば効能がなくなることもある。理由はわからない。

 タヤーカちゃんがこんなに料理のことを理解している理由も、よくわからない。

 

「ま、私としては別に効能を求めているわけじゃないですし、とっても満足なんですけどね。今日もごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 

 

 世界が信じるレシピを覆すような料理の研究は、依然として難航していた。

 

 

 

 調理職人日記 ~4種野菜のガーディアンサラダ(失敗)~

調理職人日記 ~エルフの飲み薬~

「いらっしゃい」

「お邪魔します」

 

 本日のお客さんは、魔法使いにして魔法研究家、赤と黒を基調とした現代風のローブを着込み、かわいらしくも理知的な表情を浮かべるエルフの女性。はっきり言って好みのタイプだ。好みだから店に招いたと言っても過言ではない。

 

「お招きありがとうございます」

「はい。とりあえず、カウンター席へどうぞ」

 

 魔法を研究している彼女の最近の関心事は『エルフの飲み薬』であるという。水差しの中身を飲み干せば、たちどころに身体中に魔力がみなぎるという水薬。製法はエルフの上位者しか知り得ないとのことで、世に出回る数は多くはない。その効能の高さと貴重性から、市場では高値で取り引きされている。

 彼女の研究テーマは『エルフの飲み薬の大量生産』。冒険者による魔物の討伐が常態化している現在、魔力回復アイテムの存在価値は大きい。にも関わらず、同系統最高レベルたるエルフの飲み薬が入手困難であるのには理由があると思われる。素材の稀少さ、製作にかかる時間、作り手の不足、そんなところだろうか。その薬品を、製法も知らない個人が大量生産したいと言っている。馬鹿げている。馬鹿げているが、応援するのは面白そうだと感じた。そして、こちらとしてもエルフの飲み薬が大量生産されることで得る旨みがある。

 

「今日は貴女のために、特別なモノを仕入れてきました」

「あら、なんでしょう」

 

 研究者たる彼女への精一杯の応援として、まだ飲んだことがないというエルフの飲み薬を飲ませることから始めた。味を知り、効能を体感するのは研究の足しになるだろうか。僕自身の研究のためにも、味の感想など聞いてみたい。そして何より、美味しく味わってもらいたい。

 調理技術への科学の応用を研究する『分子ガストロノミー』という学問に『フードペアリング』という概念がある。ざっくり言うと、食べ物と飲み物の組み合わせによって双方の美味しさが増すようなペアのことだ。肉料理には赤ワイン、魚料理には白ワインを合わせるというアレだ。

 僕がエルフの飲み薬を試飲した際に感じたのは、土と花の香り、酸味、それと後を引く甘味である。なるほど、これに合わせられる料理といえば――――

 

「どうぞ、バトルステーキとエルフの飲み薬です」

 

 総合的に言って、エルフの飲み薬は赤ワインのようだと僕は感じた。森に暮らすエルフ属らしい、芳醇な自然の息吹を閉じこめた水薬。恐らく、自然の力を借りた魔術が製法に絡んでいるだろう。土の香りはどっしりとしたコクがあり、果実のような甘味は赤ワインのそれより遥かに高貴だ。安易ではあるがよくあるペアリングとして、バトルステーキに赤ワインに似ているエルフの飲み薬を合わせた。

 

「これ、すごく美味しいです。意外と甘いのですね!」

 

 

 彼女は興奮した様子で僕に礼を言い、自身の研究所に帰っていった。大量生産、ばっちり研究してくれよな。

 

 僕も少し前から研究していることがある。調理職人を支える調理レシピは、ギルドで認可された食材、フライパンでしか作ることができない。それ以外はまともな料理として認められず、腕を認められることも名声を得ることもない。しかしギルドはここ数年、新たなレシピを発表することもなく、改善も行っていない。それどころか一皿に費やす食材を減らしておいて「これが一人前だ」と言いきる始末である。

 僕はこの現状を変えたい。世界が信じるレシピを、世界が知らないレシピで覆したい。超えるべきは調理職人の総本山。ならば、食材以外の食料をレシピに組み込む試みなど、序の口もいいところだ。まずはここから考えてみよう。

 

 

調理職人日記 ~エルフの飲み薬を用いたフードペアリングの可能性~